「社会・企業・生活者が動く—これからの『広報』」をテーマにしたパネルディスカッションは、富士フイルムホールディングスの事例を中心に、広報が行うべき危機管理やNGO、NPOの広報にまで話が及んだ。
<登壇者>
富士フイルムホールディングス株式会社 経営企画部広報グループ長 吉澤ちさと氏
片岡英彦事務所 代表/世界の医療団 広報マネージャー 片岡英彦氏
危機管理コンサルタント/ACEコンサルティング エグゼクティブ・アドバイザー 白井邦芳氏
経営陣と密に連携し逆風を乗り越えた
——富士フイルムのここ10年の取り組みをご紹介ください。
吉澤 本業が揺らぐほどの環境変化を突きつけられ、変化に対応するだけではなくそれを機会と捉え自ら変わろうと取り組んできました。
写真フィルム市場は2000年をピークに、デジタルカメラの普及を受けこの10年で10分の1以下にまで減少しました。06年年頭、他社が写真事業の縮小・撤退を発表する中、一般消費者の不安やメディアの疑問に対して「富士フイルムは写真文化を守り続けます」というメッセージをトップの判断で発表しました。
また事業構造改革を進め、6つの重点分野の展開、大規模なリストラ、「先進研究所」の創設などを行い、07年度には過去最高益を出すことができました。広報としては次々打ち出される施策をどんな切り口で、どのようなメディアにお伝えすれば理解していただけるか、話題づくりに注力しました。その後は経営広報、トップ広報に注力し、メディア対応についても、経営陣と密に連携を取りながら広報活動を行っています。
——広報も含め、逆風下で社内ムードはいかがでしたか。
吉澤 危機的状況をトップのメッセージとして社内報やイントラネットで発信したり、経営トップと課長らによる座談会を企画するなどリアルなコミュニケーションを心掛けました。経営が「人が積極的に動くには、具体的な課題を与えることだ」と言いますが、全員が具体的な課題に全力疾走で取り組みました。
片岡 ダウントレンドの中では頑張っていてもなかなかメディアが耳を傾けてくれないと思います。どのようにコミュニケーションを展開をされたのでしょうか。
吉澤 当時、「写真文化を守る」というメッセージに興味を持ってくれたのは文化部の記者や写真に思い入れがあるという編集委員などの方でした。研究所の設立や新技術について科学技術部の記者が興味を持ってくださいました。いろんな方とコミュニケーションを取り、それぞれが興味を持つような切り口を考えました。
白井 業界が突然斜陽化する可能性は予測していましたか。
吉澤 デジタル技術が進歩し、将来的にフィルムの需要が減るのは明らかでした。でも、利益が出ている間に思い切った改革を行うことは難しかったのでしょう。当社は多角化するのが唯一の道だと経営陣が判断し、迅速に実行できたのだと思います。
白井 経営陣と社員の間の危機意識の違いを埋めるコミュニケーションとステークホルダーに対するコミュニケーションを広報としてどのように行ったのでしょうか。
吉澤 すべてにおいて具体的なテーマを設定して、スピードをもって大胆に行いました。現在もそれを継続しています。
ソーシャルメディアの普及で風評が3分で広がる時代に
——企業広報が押さえておくべきリスクは多様化しています。
白井 IT環境の変容で情報周知にかかる時間が格段に短くなりました。風評化まで2000年頃は3日間、「ブログ炎上」という言葉ができた05年は3時間、昨今ではソーシャルメディアにより3分で広がります。いま広報としては、情報をステークホルダーごとに取り出しやすく分類して用意しておくことが求められます。
また社会現象や自然災害も大きく影響し、その中でも着目されているのが法令違反行為です。それに関する内部統制の仕組みは平均点以上が求められます。さらに完全な内部統制システムを構築しても3年後には希薄化し、事故発生時に業界や法令の水準以下であればなんらかのペナルティが与えられることを認識すべきです。事故に対する役員の認識不足やそれ以降の情報開示、ステークホルダーに最善・適切な対応をしない場合も経営者に責任を負わせる判例が確立しています。また普通の不祥事広報は事実確認から始まり再発防止で終わりますが、改善命令を出す行政の視点からはリスクの認識の抽出や運用監査の証明、最終的には事態の収束宣言までを一貫して行うことが必要とされます。
戦略づくりは絶対にアウトソーシングできない
——企業だけでなくNPO、NGOなどにとっても広報は重要です。
片岡 企業が組織だって行う広報活動とは基本的に別もので、ベンチャーと同じぐらいの体制で広報活動を行わなくてはなりません。使える素材、動かせるものをすべて動かし、一人の人間がどこまであらゆる手を尽くせるかという戦いを行っているのが現状です。さらに日本ではまだその活動自体が認められていない環境要因があり、差別化がしづらい状況の中、自分たちはどうやって差別化していくかを考えなくてはなりません。また最近の企業は広告宣伝だけでなく、広報活動においてもお金がかかることを理解していますが、NGO・NPOでは広告宣伝にすらかけるお金がないので、広報活動は基本的に0円で何が出来るかという発想をしていかないといけないのです。そこがこれまで行ってきた企業での広報活動とは全く違います。
——最後にこれからの広報についてメッセージをお願いします。
吉澤 社会の動きや変化を察知できる感度を常に高くもつことが一番重要だと思うに至りました。
片岡 広報活動を戦略・実行・作業と大きく3つにわけた場合、戦略は絶対にアウトソーシングしてはいけません。担当者がいなければトップが行うべき仕事です。広報の肝であり社内でしかできないのです。
白井 以前はお金を払って入手していた情報は今は容易に得られます。その中で必要な情報を切り出し、それに信頼性という付加価値を付けて提供することがこれからの企業の広報活動では重要になるでしょう。
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