「見えない価値」のとらえ方

以前日本でレンタカーを借りた時のことだ。
夏の暑い日に地方で、駅から少し離れた神社に行きたかったので、レンタカーを借りた。タクシーよりも安いので、レンタカーを予約しておいたのだが、その時間に車をとりに行くと、車内や車外がきれいに清掃されていたばかりか、クーラーをかけて私が借りに来るのを待っていてくれたのだ。受付の女性は「お車クーラーかけておきましたが、寒すぎるようでしたら、申し訳ございません」と私に言った。

きれいな室内と磨き上げられたボディ、そしてクーラーがかかっているのはとても快適だったが、車は最も安いコンパクトの車、5,000円のレンタカーでここまでのサービスをするものなのかと、パリの無愛想なサービスに慣れつつあった自分は驚き、やり過ぎではないかと思った。

同じような驚きは、コンビニにいったときにも感じた。あるコンビニのレジの上に、こんな物が張ってあった。大きなコピー用紙に、電話番号と「お電話いただければ80円のコロッケを揚げたてでご用意致します」と書いてある。
パリにも中華のお惣菜屋さんは街にあるし、デパートにも高級食材のデリはあるが、1€の春巻きを電話すれば揚げたてで用意してくれるところはない。日本のホスピタリティ(?)の高さに驚いた。

はたしてこれは、ホスピタリティと呼ぶべきものなのだろうか?

間違いなく言えることは、このサービスを付加することによって、価格に跳ね返っていることはない。揚げ置きを買っても、クーラーがかかっていなくても、値段は同じである。つまり文字通りサービス(無料)である。

つまり、付加価値=価格にはなっていない。このサービスは、同業他社との差別化を図る競争から生まれたものだと思うのだが、付加価値を無料で提供しているとってもいい。

日本には、こういう競争から生まれたサービスがたくさんある。たとえば宅急便が時間指定できるなんていう細やかなサービスは、パリではありえない。それどころか、確実に受け取るために日を指定して、家でずっと待っていても、呼び鈴が鳴らない。おかしいと思って郵便受けを見ると不在通知が入っていた、などということもある。面倒くさかったのかなんなのか、宅配の担当者が家のドアまで来もしないで、集合ポストに不在通知を突っ込んでいったのだ。はっきり言って頭に来るが、こんなことは日常茶飯事だ。

日本では、どこの配送業者に頼んでもそんな酷いことにはならない。しかし、パリで本当に大切なものを届けるには、ちゃんとしたクーリエサービスをつかわないといけない。そして、それは通常の宅配便よりもずっと高い。

見えない価値(物ではない)にお金払うことに日本人は慣れていない。

ちょっと前にあった大阪・天王寺区のデザイナーを無報酬で、という話は実はこれに近いマインドなのではないかとおもうのだ。

例えば、印刷屋さんでもポスターはデザインできるだろう。ある印刷屋さんが仕事を取りたいがために、デザインは無料で見積もりを出したとする。そうすると、そのデザインという見えない仕事はサービス(無料)だということになる。一度それを経験した人はその後もずっとデザインは無料だと勘違いするというわけだ。

これはコンビニの揚げたてコロッケにも、あらかじめクーラーをかけてお客様をお待ちするレンタカー屋のホスピタリティにも、時間通りに届く宅急便の安心感にも同じことがいえる。
しかし、実はこのサービス(無料)にはとてもコストがかかっている。でもお客さまにはそれが目に見えないので、無料だと思ってしまっているだけだ。

こんなエピソードがある。ピカソがカフェである婦人に絵を描いてくれと頼まれたので3分で1つの絵を描いた。それをピカソは5000フランだと言ったのだが、依頼した婦人は3分で描いた絵が5000フランなんて高いと言う。それに対してピカソは「私はここまで来るのに一生を費やしたのです」と答えたそうだ。

人はそれぞれ別の時間を生きていて、その中で洗練させてきた独自の技術やシステムがある。もちろんピカソの絵とバイトの揚げたコロッケは全く違うと思うが、受け手側の想像力の欠如という意味では同じだと思う。それを当たり前のようにサービス(無料)で受け取るのではなく、相手の苦労を想像し、感謝し、対価を支払うことこそ、豊かで多様性のある社会になっていくのではないだろうか。

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佐藤 武司(Rightning Paris SAS PDG/MIWAブランドディレクター)
佐藤 武司(Rightning Paris SAS PDG/MIWAブランドディレクター)

1973年、愛知県名古屋市生まれ。三重県桑名市育ち。慶応義塾大学大学院・文学研究科・美学美術史学専攻アート・マネジメント分野修士課程修了。
ビクターエンタテインメント株式会社にてビジュアルプロデュースを経験後、デザイン、映像制作会社として株式会社ライトニングを設立。株式会社ライトパブリシテイと資本提携し、CM等の広告制作を開始。iF design award、reddot design award、New York ADC賞GOLD、GOOD DESIGN賞を受賞。その後、業務を商品企画、CSRにも拡大し、世界初木製ケータイ「TOUCH WOOD SH-08C」を企画する。311を経験後、2011年10月Rightning Parisを設立。経済効率優先の物質文明の先にある生き方、社会のあり方を、美学的アプローチから提案するコンサルティング、プロデュースを行う。
2012年4月よりパリに移住し、700年の伝統のある「折形」を用いたブランド「MIWA」 Pavillon de la cérémonie du cadeau(贈物の儀式を行う特別の場所)を立ち上げる。歴史を紐解き、いままでとは違った視点からコンテクスト化することによって、新たな価値を生み出して行くプロデューサー。

佐藤 武司(Rightning Paris SAS PDG/MIWAブランドディレクター)

1973年、愛知県名古屋市生まれ。三重県桑名市育ち。慶応義塾大学大学院・文学研究科・美学美術史学専攻アート・マネジメント分野修士課程修了。
ビクターエンタテインメント株式会社にてビジュアルプロデュースを経験後、デザイン、映像制作会社として株式会社ライトニングを設立。株式会社ライトパブリシテイと資本提携し、CM等の広告制作を開始。iF design award、reddot design award、New York ADC賞GOLD、GOOD DESIGN賞を受賞。その後、業務を商品企画、CSRにも拡大し、世界初木製ケータイ「TOUCH WOOD SH-08C」を企画する。311を経験後、2011年10月Rightning Parisを設立。経済効率優先の物質文明の先にある生き方、社会のあり方を、美学的アプローチから提案するコンサルティング、プロデュースを行う。
2012年4月よりパリに移住し、700年の伝統のある「折形」を用いたブランド「MIWA」 Pavillon de la cérémonie du cadeau(贈物の儀式を行う特別の場所)を立ち上げる。歴史を紐解き、いままでとは違った視点からコンテクスト化することによって、新たな価値を生み出して行くプロデューサー。

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