さて次の動物は?指示に従って柵の前に立つと…あれ?いるはずの動物が見当たらない。Zöeの説明によると、ここはヒヒの柵なのだが、夜の時間は小屋の中に入って出てこないとのこと。そこで、私たちはZöeからとっても遊び心のある指示を受けることになる。柵の前には黄色いポールと、そこから2メートル程の位置に赤いポールが立っている。「黄色いポールより内側に立ってください」と指示に従って行くと、グループ内の半分の人が黄色のポール、残りの半分は赤いポール側に立っているではないか。
赤いポール側の人たちは、どうやら黄色いポール側の私たちをじっと見つめているようだ。私は黄色いポール側の人間になっているので、赤いポール側の人たちが何を聞いているのか知ることができない。とそのとき、Zöeから「しゃがんで空を向いて口を開け、腕を上下に動かしてください」との指示が下った。私たち黄色いポール側の人間は指示通りにしゃがんで空を見上げ、腕を上下に動かす。そうか!本物のヒヒがいない代わりに、私たちがヒヒになったのだ。
赤いポール側の人間はこちらを冷静にじっと見ている。おそらく彼らが聞いていた内容は「ヒヒが小屋に入って出てこないので代わりに彼らがヒヒになります。ヒヒの特徴は~」といったことであろう。第三者が見たら実に異様なシチュエーションだ。ヒヒの真似をし終わったあとは皆、何も言わずに目を合わせながら照れくさそうに笑っていた。なんだかさっきまで知らなかった人達なのに一瞬、他人ではなくなった気がした。
パーソナルガイドでもあり、優れたオーガナイザーでもある
その後シマウマを経てついに念願のキリンを目の前で見ることができた。沈みかけた夕日を背景に2匹のキリンが寄り添いながら優雅に歩いている。彼らはとてもリラックスしているようだ。その光景を目の前に、Zöeからはとても心地のよい音楽が聞こえている。すっかり童心に戻ってしまった。そして、ここでもパーソナルガイドを利用した遊びが。「右を向いてそのまま歩いていき、私が10秒数え終わったらその場で止まってください」と言われ、その通りに止まると参加者が2メートル間隔ぐらいできれいに配置されている。しばし一人の空間で、薄暗くなった空を見上げながら、人間とは、動物とは、地球とはなどと色々なことを考えた。最後は参加者全員が園の中心にあるメリーゴーランドに集合。他のグループも違う方向から同じタイミングでやってくる。全員の目は子供のように輝いていた。そして何十年ぶりかにメリーゴーランドに乗ってツアーは終了。
何とも不思議なツアーだった。誰と話をすることもなく、ただひたすらZöeのガイドに従うだけのツアー。でもZöeのおかげで、普段は動物園の柵の中にいる彼らがどこの国からやって来て、この動物園に何年住んでいるのかなど、それぞれ生を受け今日に至るまでにストーリーがあるのだという当たり前の事実を再認識できた。もしこのツアーに参加しなかったら、そんなことに興味を抱かなかったと思う。そして見知らぬ他人となんとも変わったシチュエーション作り上げたことはとても印象深かった。ガイドに従うだけで、結果的に全員が楽しめる状況がつくりあげられていた。Zöeはパーソナルガイドでもあり優れたオーガナイザーでもあるんだなと思った。
この「I, ANIMAL」、元々はTheBordreProjectというパフォーマンス・チームがアデレードフェスティバルの一環としてアデレード動物園とコラボレーションをして制作したパフォーマンス・インスタレーション「I AM NOT AN ANIMAL」をさらに発展させたもの。こちらは動物園全体を、園内すべての動物たちが“パフォーマー”となったシアターにするというものだ。観客に今までとは異なった視点から動物を鑑賞してもらい、人間と動物の繋がりを知ってもらう意図で制作された。
そしてこの「I, ANIMAL」は、インタラクティブオーディオガイドを導入することで、そのままの動物園で人々に非日常的体験を味わってもらえるようにしたのだ。人間と動物の面白さを知ってもらい、いつからか動物園を訪れなくなってしまった大人たちに、その新たな魅力を発見してもらうのが最大の目的だ。Zöeのオーディオガイドシステムの制作は、タスマニアにあるMONA美術館(MuseumofOldandNewArt)のインタラクティブナビゲーションシステム「TheO」を開発したアート・プロセッサーが担当した。
この「I, ANIMAL」は全部で4コースあるので、まだ3つの未体験ツアーが残っている。ゾウのコースは涙なしでは終わることができないと評判だ。ぜひ体験してみたい。