アーンドメディアの王者 巨大PR会社が狙う 10年後の姿
さて、話を違う潮流に移そう。アメリカにおけるPR業界の動きだ。ご承知のように米国はPR先進国。拙著「戦略PR」でも書いたことだが、概算でも米国のPR市場は日本のおよそ100倍。大統領選のキャンペーンから新商品の戦略PRにいたるまで、その活動は米国の政治経済の隅々までいき渡っている。また大手はグローバル化を2010年頃までにほぼ終えており、世界に100拠点以上を展開するグループが複数存在する。
僕の会社ブルーカレントが属するフライシュマン・ヒラード・グループもそのひとつだ。現在、フライシュマンを含むPR会社大手は、そのポジショニングを再定義することで大きく生まれ変わろうとしている。それは従来のPR業務―広報代行やリスクマネジメント、戦略PRなどのマーケティングPR、レピュテーションコンサルティング―といった範疇を自ら超えようというものだ。日本よりも10年は進んでいるとはいえ、PR会社のサービスの源泉は「メディアリレーションズ=メディアとの関係」であったといえるだろう。
マディソン街の広告会社がペイドメディアを主たる活躍の場として、クリエイティビティやブランド戦略を競い合ってきたとすれば、PR会社は今風に言えば「アーンドメディアの王者」として君臨してきた。しかし今後の成長を見据えたとき、またこれからのメディア環境やクライアントの意向を考慮したとき、今こそがPR会社自体も大きく変革すべき機会ととらえているのだ。
大手の一角、フライシュマン・ヒラードが「GoBeyond(その先へ)」という全社スローガンのもと急ピッチで推進するのは、「PRエージェンシー」から「Complete Communications Agency」への飛躍だ。翻訳が難しいが、「完全補完されたコミュニケーション会社」とでも言おうか。
具体的には、その価値が高まるアーンドメディアでの実績と実行力をテコに、ペイドメディアへの進出、デジタル/ソーシャル領域の強化、PR プランではなく、コミュニケーション全体をデザインするプランニング能力の強化などを進めている。全世界の中でも、ニューヨークのフライシュマン支社がその先鞭をつけようとしている。
200名以上が働く全米屈指のオフィスでは、すでに昨年組織改革が行われ、従来の機能に加えてプランニング、クリエイティブ、プロダクションの人材を新たに確保している。今回の僕の出張で、半分ほどの時間をともにしたジョン・マクニールもその一人だ。
ジョンは30年以上にわたる欧米広告業界のキャリアを持ち、直近はオムニコムグループの広告会社TBWAに在籍し、1年半ほど前にフライシュマンに参画。NYを拠点に、全世界で変革と統合を推進する総責任者だ。今回ともにLAで訪問したデジタルクリエイティブ・エージェンシー「180」との連携も進めており、すでに協業プロジェクトが動き出している。
実際にこの1年で、フライシュマンはペイドメディアを12億ドル扱い、〝GPS〞と呼ばれる独自のプランニングメソッドを開発した。米国のPR会社が目指すのもまた、従来の「広告会社」でも「PR会社」でもない、最強のコミュニケーション・エージェンシーという姿なのだ。
すべてを惹きつけるものが勝者となる
冒頭に書いたように、今回の米国滞在の目的は、今後世界レベルでマーケティングの重要なコンポーネントとなっていくであろう「(戦略)PR」「クリエイティブ」そして「デジタルテクノロジー」という潮流、さらにいえばその接点を見極めることだった。そんな目的意識で、2週間をかけて大手PR 会社やデジタルクリエイティブ・エージェンシーのキーパーソンとディスカッションをする中で、PRやデジタルに関わらず共通して見聞するひとつのキーワードを発見した。それが、「Magnetic Contents(マグネティックコンテンツ)」だ。
〝Magnetic〞とは、辞書的には「磁気を帯びた」というそもそもの語源から、翻って「魅力的な」「人を惹きつける」という意味も持つ形容詞だ。もう想像がつくと思うが、「すべてを惹きつけてしまうコンテンツ」という意味合いがこのワードには込められている。
僕はこのワードにこそ、これからのマーケティング・コミュニケーションの中核をなす発想が詰まっていると感じた。「結局、コンテンツが大事」―読者の中に、もはや異を唱える方はいないだろう。じゃあ、そのコンテンツはどうなっていればいいのか。ここ数年ソーシャルやPRの重要性が唱えられるのに呼応して、従来からあった「楽しい」「感動する」「驚きのある」…などに加えて、「トーカブル(口の端に上る)な」「シェアラブル(共
有しやすい)な」「メディアフック(ニュース性)のある」…などが叫ばれるようになった。
しかしながら、これらは一体となってパワーコンテンツを創出する要素であり、一つひとつで考えても仕方がない。たとえば「ソーシャルで拡散されるコンテンツ」と「メディアに取り上げられるコンテンツ」は、それぞれに性質が違うし生み出す方法論も違う。よって、一つひとつ考えていくと混乱しがちだ。また一方で、ここ数年やたらと重宝されるコトバに「コアアイデア」というものがある。
「コアアイデアは何か?」「コアアイデアなしには…」などなど。「ひとつの大きなアイデアが重要」という考え方はもちろん正しい。しかしどうもこの「コアアイデア」には、依然として「仕掛ける企業側が考える」「仕掛ける設計のためのアイデア」というニュアンスが強いように思う。
こうした考え方の進化形というか行き着く先が、「マグネティックコンテンツ」という発想のように思える。強力な磁場や磁石は、何でも引き寄せる。メディアの興味、インフルエンサー(影響者)の興味、そしてターゲットを含む生活者の興味も。しかも同時に、だ。―あまり抽象論を展開するつもりはないが、少なくとも米国においてPRやデジタルクリエイティブの領域を超えて議論されつつある「マグネティックコンテンツの創出」という発想には注目すべきだろう。
「コアとなるアイデアを押し出していく」ことよりも、「引き寄せる磁場をつくる」ことこそが、姿を現しつつある次世代のマーケティングのあり方なのではないか。
<続く………。本記事の全文は、宣伝会議デジタル版でご覧いただけます>