タクシーに乗り合わせたのは、オーストラリアのECDだった。
「このタクシー、がめつい…」降りる段になってリチャードと僕は絶句した。運転手が「次の彼もカンヌらしいから、相乗りさせてあげたらどうだ?」とリチャードに提案してくれたおかげで、僕は早くニース空港の行列から脱出できたのだが、着いてみると、運転手はワリカンではなくそれぞれ全額払えという。一回で、二回分もうけるつもりだ。二人ともあきれ顔になったが、まあしょうがない。苦笑いしながら払って「じゃ、会場でね」とタクシーを降りた。
リチャードは、オーストラリアの広告代理店のECD。ニース空港から偶然乗り合わせたわけだが、カンヌまでの30分間、お互いコピーライター出身ということでなんとなく意気投合。何か出品してるの?という話になり、僕はマックブックエアを取り出し、自分の『The Soil Restaurant(土のレストラン)』の出品ビデオを見せた。「グレート!これ絶対なんか賞とるよ」と言ってくれた。とれるかどうか気が気じゃなかった僕としては、とてもうれしかった。
「オーストラリアの作品なら、Dumb ways to die、僕は大好き」「あれはみんな好きなんだよねー。くやしいなあ」広告の話だけでなく、僕の英会話の先生がオーストラリア人ということもあって、少しオーストラリアという国のことも話せてよかった。僕は読み書きはまあまあだと思うが、スピーキングと特にヒアリングがまだまだなので、逃げられないタクシーの中というのは強制訓練のいい環境だったかもしれない。前回の2008年のカンヌだったら、こんなに会話できなかったので、前よりも上達はしているんだな。
そう、僕はロスに滞在する身でありながら、無理をいって前半の3日間だけ、カンヌ・クリエイティビティ・フェスティバルにやってきたのだ。それは、出国直前に一生懸命取り組んだ仕事である『The Soil Restaurant』をPR、ダイレクト、プロモの3部門に出品していて、自分の目で世界の反応を確かめたいと思ったから。チケットを取るのが遅かったせいか、ロスから飛行機を3本乗り継いで、20時間近くかかってしまったのだが。
カンヌに酔う。
しかし、着いたその日に、ダイレクトとプロモのショートリストに入らなかったことが判明。残すは本命のPRだけ。久しぶりに会ったTBWA\HAKUHODOの面々と超おいしい晩ご飯を食べながらも、心はどんより曇っていた。自信があっただけに…。
ご飯のあとにもう一軒飲みに行ったのだが、僕は勝手にもうだめだと思い込んで「カンヌはやっぱり高い壁。僕が自信過剰だったんだ」なんてモヒートをがぶ飲みして落ち込んでいたら、「いや、PRのショートリスト・クオリティには絶対達してる。明日を待とうよ」と力強く言ってくれたECDのカズーが「さあ、前祝い!」とまたモヒートを頼んだ。全員で何杯飲んだかわからないが、僕は翌朝のショートリスト発表の瞬間を寝過ごしたのだった。
もちろん、カンヌを獲るために仕事をしているわけではない。でも、カンヌで世界から評価されてもいいはずだと思える良い仕事ができたら、手間をかけて出品し、できるなら、ちゃんと現地に行って反応を確かめたい。
出品ビデオをつくると「アイデアとは何か」を考えぬくことになり、とてもいい経験になる。賞がとれたら自分の心が輝く。現地で他の作品とセミナーを見ることが刺激になる。何より、普段会えない人と、夜遅くまで、どっぷりクリエイティブの話ができる環境が、僕は大好きだ。今回うれしかったのは、久しぶりに会った人からも、そして初めて挨拶する人からも「コラム読んでます!楽しみにしてます!」と言われたこと。予想以上に読まれている…。コラムは気を抜かないで書かなければならない。
そして僕たちは、PR部門のブロンズを獲得した。僕といっしょにがんばってくれたADのケイスケは顔面が崩壊するほど喜んでいた。しかも今回TBWA\HAKUHODOからカンヌに来たクリエイターが全員それぞれ受賞することができたのだ。
発表のあとのビールが美味かったこと。プロモ部門ブロンズの『marionettebot』を出品していたバンビーノとイシオロシは飲んだ瞬間に半泣きだった。メディア部門シルバーの『THE HIGHEST GOAL』を出品していたアラタメさんとスギヤマは真っ赤っ赤になるまで飲んでいた。そして意外とクールにふるまっていたがとてもうれしかったはずの、すべての指揮を執ったカズーには、みんなでビールをかけるべきだった。
受賞のよろこびの激しさは、僕らがこの1年、大変なこともありつつ、仕事を本当に本気でやってきたという気持ちが決壊してしまうがゆえ。賞が好きかと言われたら僕は好きだと答える。僕は仲間と一緒に心を輝かせたい。
【予告】ブレーン9月号(8月1日発売)では、カンヌライオンズを特集します。
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プレゼン勝率の高いプレイヤーが率いるチームほど、カンヌの受賞作を研修の一環として活用しています。それが実務で応用できるのは、自らの頭でエレメントに分解して、吸収しているためです。宣伝会議では厳選事例の裏側を学び、筋の良いアウトプットに活かすセミナー2013を開催いたします。