さて、ここで、話を元に戻す。
会社に被疑者の親族や当番弁護士を通じて従業員逮捕の第1報がもたらされると、その時点でほとんどの場合、罪状等の詳細は知らされないことが一般的である。会社は従業員が刑事事件の被疑者として逮捕された、という事実だけを確認するにすぎない。
従業員が仕事中なのかプライベートな時間帯だったのか、万引きなのか、痴漢行為なのか、迷惑防止条例なのか、あるいは詐欺事件なのか、違法ハーブの不正使用なのかなど、皆目見当もつかないというのが実態である。そこで逮捕された警察署に事情を確認しに行く必要が出てくる。
さらに、目撃証言や事実関係を裏付ける証拠などがある場合と、全くない場合に加え、被疑者本人が酒などによって酩酊している際の行為に至っては、記憶そのものが曖昧で、警察の事情聴取すら行うことができないことがあり、否認、自白の有無の対象ともならない事例に遭遇することも発生する。
さて、こうした事態を踏まえて、企業が初動に取るべき対応を検討する。
初動の段階でマスコミからの問い合わせを受けることは稀であるが、それでも偶然知り得たマスコミ関係者からの「従業員逮捕」の問い合わせについて、答えられることは「現在、事実関係を確認中」だけである。場合によって第1報がマスコミによってもたらされる際には、「そのような事実を認識していない。確認する」とするのが一般的だ。
得てして、マスコミ関係者の方が情報を多く持っていて、「プライベートな時間だったらしい」とか「痴漢行為だったらしい」などの情報から、「従業員のプライベートな時間に行われた問題については、そもそも会社として答える立場にない」などといった無責任な回答を行えば、それこそ火に油を注ぐだけでなんの解決にもならない。
会社としては、あくまで事実関係の検証に努め、証拠や自白の有無などを確認することになるが、状況に応じて、「事実関係については依然として現在も調査中ではあるが、仮にそのような事実があったのであれば、まことに遺憾と言わざるを得ない。二度とこのような事態が発生しないよう再発防止に努める」などのコメントを発する場面もあるだろう。
企業から筆者への問い合わせの中には、被疑者の懲戒のタイミングについて聞いてくる事例もある。従業員逮捕というイメージの悪さをできるだけトーンダウンしたいという企業側の気持ちもわからないわけではないが、逮捕されたという理由だけで、懲戒解雇し、マスコミから問い合わせを受けた際には、「元従業員」というフレーズを使用するのはいかがなものか?
「逮捕」されるには相当の理由が存在していることは間違いないが、最近では、残念なことに、サラリーマンを騙し、痴漢行為を偽装し、警察に誤認逮捕させて示談金を詐取しようとする者すら存在する。
したがって、「逮捕」されたからといって、倫理委員会や懲罰委員会を緊急開催して、懲戒解雇などの処分を下すことは時期尚早と言わざるを得ない。懲戒処分の決定は、就業規則などで定められており、公正で過去の処分事例との比較対象において過大・過小であってはならない。後々、従業員から提訴されるようなリスクを犯さぬよう留意が必要である。
犯罪白書によれば、公判請求される事例は7%であり、50%以上は起訴猶予処分となっているため、ある程度の事実関係は時間の経過とともに判明する。「処分はどうするのか?」とマスコミから聞かれたら、「事実関係の調査結果が判明次第、適切に対処する」で問題ない。