プレスリリースで名指し批判!?楽天IRのアナリスト「出禁宣言」をどう見るか

今年7月、大きな物議をかもした、楽天による特定アナリストの名指し批判とプレスリリースでの「出禁宣言」。企業IR担当者にとって、業界分析、企業分析の専門家であるアナリストとのコミュニケーションは避けて通ることのできないものだ。“事件”を起点とし、企業IR担当者とアナリストのコミュニケーションについて考えてみたい。

※雑誌「広報会議」2013年11月号より


リリースで“出禁宣言”

ジャスダック市場に上場するインターネット通販大手の楽天が、三菱UFJモルガン・スタンレー証券(以下、三菱UFJMS証券)のアナリストを名指しで批判し、「出入り禁止」にした。

楽天は7月に事案について「プレスリリース」で発表。これには三菱UFJMS証券側も、「発行体が特定のアナリストのレポートについてプレスリリースまで出したことについて驚いています」とコメントしている。

楽天が問題視し、指摘したのは、三菱UFJMS証券のアナリストによる6月21日付のレポートで、楽天の財務状況などについて執筆したもの。

楽天によると、このレポートは(1)事業別の利益分析がほとんどなされておらず、分析が極めて浅い、(2)業績予想に用いられた法人税率の根拠が不明、(3)株主価値の算出方法がファイナンス理論の観点で誤っている、などの理由から「分析に問題がある」と指摘。

あらためて、同アナリストと直接面談して修正を求めたが、面談後の7月1日付で公表されたレポートでは、(2)業績予想に用いられた法人税率が修正されたのみで、他の問題点については改善されなかった。

楽天は、「分析の貧弱さについては改善が見られない」、「根拠が極めて貧弱」と批判。さらに文書では、「同氏による過去および将来のレポートは当社への投資判断の一助にはなりえないと判断しており、投資家の皆さまにおかれても参考とされないようお勧め致します」と異例の推奨を行うばかりか、「今後同氏の取材については一切お受けしません」と出入り禁止を明言した。

アナリストレポートの内容をめぐって企業側と証券会社でトラブルとなることはしばしば見られるが、今回のケースは企業側がレポートの内容を批判しただけでなく、投資家に対してレポートを参考にしないよう呼びかけるなど、異例の事態。

アナリストがカバーしている企業から出入り禁止となるケースはこれまでもないわけではなかったが、アナリストは証券取引等監視委員会から偏った情報提供を行わないよう、「独立性」を保つように指導されている。これに対し、企業側も「特定のアナリストにしか面談しない」などのフェア・ディスクロージャーに反する行為を禁じている。

上場企業にはさまざまなアナリストが訪れ、その会社を独自に分析したアナリストレポートを発表する。アナリストレポートは、個人投資家や機関投資家の目に触れ、その企業の経営状況の貴重な判断材料のひとつとなり、内容によっては株価に影響することもある重要なもの。

だからこそ、企業側はアナリストレポートの内容に対して敏感になり、時に苦情が出ることも。ただし、それは今回のようなプレスリリースを使ったものではなく、証券会社やアナリストに対し”直接通告”されることが通常であり、あくまで水面下のやり取りの範囲内で収められることが多い。

金融業界のみならず、大きな波紋を呼んだこの事件。ツイッターなどでも多くの意見が飛び交い、企業IR担当者とアナリストとのコミュニケーションをあらためて考えるきっかけになったことは事実だ。

事件に対して自社、そして個人としてどう考えるか、各社企業IR担当者にヒアリングした。そこで聞かれた意見が(DATA(1))のもの。

ほとんどの企業が「実態を知らないため、公表されている情報のみでの判断となるため、必ずしもフェアな意見ではないが」とした上で、賛否両論の声が聞かれた。

「賛成(仕方がないのでは)」という声の中で聞かれたのが、「明らかにアナリストが間違っている場合、それを通告することも企業IRの役目」、「いきなり公表したのではなく、直接通告を何回か重ねても変わらなかったなら、仕方がない面もあるのでは」という意見。

一方、「反対」という声の中で聞かれたのは、

「アナリストにも問題があったかもしれないが、TDnet(適時開示情報伝達システム)を使って個人を攻撃するような文書を公衆縦覧に供するような行為は間違っている」、

「気に入らないアナリストを一方的に出入り禁止にし、その内容を否定するコメントを出すという行為が既成事実になってしまうと、市場にはマイナスの影響となる可能性が高い」、

「そもそもアナリストレポートは、企業の意図通りに書いてくれるものではない。内容が気に食わないからと出入り禁止宣言を公表しながら攻撃するのは、あまりに大人気ない行動」などの声が聞かれた。

双方、共通して聞かれた声は、「この開示にいたるまでに何らか回避する方法はなかったのか」というもの。コミュニケーションの点で、大きな問題に発展する前にお互い歩み寄ることができなかったのか、という声が多く聞かれた。

では、各社のIR担当者が、アナリストとのコミュニケーションにおいて日頃意識していることはどのようなものなのか。

ヒアリングによると、「伝達する情報量や内容にアナリスト間で理解の差が出ないよう、必要に応じての補足説明をいとわないこと」、「誤解を招く表現を避ける」、「IR担当者の主観に偏らないように、できるだけ統一した表現、ワーディングを用いること」「事前準備(先回り対応)と取材相手に合わせた受け答え、リスクや悪い情報も隠さず伝える」などの声が聞かれた(DATA(2))。

また、「決算発表後の個別取材のほか、リリースを出した際にポイント解説のメールを送るなど、自社を忘れないでもらうための定期的なアプローチを行う」など、広報活動でのメディアアプローチに似た働きかけに関する声も挙がった。

より深い説明と双方の議論が必要

アナリスト側はどうだろうか。証券会社数社のアナリストに、企業IR担当とのコミュニケーションについて聞いた。アナリストの仕事は、一言で言えば「企業の価値分析」。そのため、正確に価値を分析するためには、企業IR担当者との信頼関係が何より大切だと口を揃える。

企業IR担当者とのコミュニケーションに関して特に意識していることについては、「客観性と具体性。現場感覚と変化の兆し。定量面と定性面の整合性を取ること」との答え。

また、「情報をもらうだけでなく、時に業界動向など含め、こちらから情報を提示する場合も」という声も。また、仕事をしやすい企業IR担当の条件については、「現場と経営の両方を把握し、ディスカッションしながらヒントを見出せる人。

経営の方向性とバックボーン、コアコンピタンス(他社に真似できない核となる能力)などの共有ができる人」、「開示のレベル、タイミング、継続性などの点で、姿勢にブレのない人が望ましい」との意見。

時に企業IR担当者との「意識ギャップを感じる」との意見も多く、「ハードルが高いと思われる中期経営計画などの説明で、説明力に乏しい時や、市場動向や業界環境を把握しないまま、説明不足で情報発信している時など、特に意識ギャップを感じる」、「IR担当者として、経営陣の考えを理解できてないと感じたときにギャップを感じる。経理などの数字情報だけでなく、経営者に代わって情報提供するという意識の高い担当者が増えてほしい」との声が聞かれた。

日本IR協議会へのヒアリングによると、最近は短期志向で企業動向を図るアナリストも少なくないことから、「企業側もより説明内容を深め、積極的にディスカッションすべき」と強調する。「アナリストに求められる情報提供にのみ応じていると、企業として伝えるべき大切な部分がおろそかになってしまうことも。

ただ依頼された情報を提供するだけではなく、アナリストの考え方やバリエーションについて踏み込んで聞くことも大切」。同時に、アナリストの選別や情報の出し渋りなどをしないよう、フェア・ディスクロージャーのガイドラインをあらためて考える必要があるのでは、と話す。

ファン株主を増やしていく上で、企業と投資家の間に立ち、正確な企業価値を伝えるアナリストとの関係は重要だ。まずは「信頼関係」というように、お互い真摯に向き合い、長期的な関係性を築くことが必要だ。

≫次ページ 「DATA(1)・DATA(2)」に続く

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