『爪と目』作家・藤野可織さん「文字としての姿かたち、音感も大切にタイトルをつける」――私の広告観(4)

「私の広告観」

ヒット作品や話題の商品の作り手など、社会に大きな影響を与える有識者の方々に、ご自身のこれまでのキャリアや現在の仕事・取り組み、また大切にしている姿勢や考え方について伺います。
人の心をつかみ、共感を得るためのカギとなることとは? 広告やメディア、コミュニケーションが持つ可能性や、現在抱えている課題とは?
各界を代表する"オピニオンリーダー"へのインタビューを通して、読者にアイデア・仕事のヒントを提供することをめざす、『宣伝会議』の連載企画です。

藤野可織さん/作家

自身4作目の小説『爪と目』で第149回芥川賞を受賞した藤野さん。美学・芸術学を学んだ経験もあり、内容はもちろん、姿かたちにもこだわった本づくりを大切にしている。
「宣伝会議」2014年1月号紙面より抜粋)

ふじの・かおり/1980年京都府生まれ。同志社大学文学部卒業、同大学院美学および芸術学専攻博士課程前期修了。2006年『いやしい鳥』で第103回文學界新人賞受賞、2009年『いけにえ』で第141回芥川賞候補、2012年『パトロネ』で第34回野間文芸新人賞候補、2013年『爪と目』で第149回芥川賞受賞。

学生時代は美学・芸術学を専攻していました。美学の中でも、当時は特に写真に興味があり、修士論文は木村伊兵衛の写真集『Four Japanese Painters』を題材に、世界に向けて日本画をどのように宣伝したかということについて書きました。

周りでも、宣伝・広告を研究対象としている人は多かったように思います。文章を書くことに苦手意識はなく、それまでは苦労したことも苦痛に感じたこともなかったのですが、これでもう修了して就職しなきゃと思ったら、修士論文を書くのがあまりにも辛くて。現実逃避のために始めたのが、小説を書くことだったんです。

小さい頃から、「将来はお話を書く人になる」という漠然とした思い込みのようなものがありました。「私、将来結婚すんねん」と言うのと同じくらい、自然なことのように思っていましたね。

学生時代は美術館の学芸員を目指していたのですが、狭き門をくぐりぬけることができず…。そんなふうに自身の力不足のせいで、自分がやりたいことがなかなか実現できずにいたなか、「そういえば、お話を書く人になっていない」と気づいて。そうして作家になることをはっきりと志すようになったのは、23歳になった頃のことでした。

大学院卒業後に入社した会社を半年で辞め、出版社で事務アルバイトをしながら新人賞に応募するようになり、3年後の2006年、文學界新人賞を受賞することができました。受賞前も受賞後も、特定の層や人に向けて作品を書こうという意識はないのですが、「少なくとも、編集者さんが待ってくれてはんねんな」と思えるのは、ありがたいことだと感じたのを覚えています。

情報を記録するという意識

今年7月に芥川賞をいただいた『爪と目』の印象が強いからか、” 怖い” 話を書く作家というイメージを持つ方もいらっしゃると思うのですが、「ホラーを書こう」「ホラーを書きたい」と思ったことはありません。

実際、『爪と目』の後に書いた『おはなしして子ちゃん』という短編集はすごくかわいらしい装丁なのに、やっぱり怖いという評判をいくつもいただいています(笑)。私としてはジャンルやトーンにこだわりはないつもりなんですが…。

人間の嫌な部分やおどろおどろしい部分、酷い出来事というのは、事実としてそこに存在するものですし、誰もが持っているものです。良い・悪いという評価を下すではなく、そこにあるものとして、これからも書いていきたいと思っています。

いろいろな作家さんがいらっしゃると思いますが、私の場合は、作品を通して伝えたいこと・主張したいことというのは特になく、「情報を記録する」という意識で小説を書いているんです。目の前で起こっていることを、ただ単に記録している。

もちろん私の小説は、みんな完全にフィクションなのですが。『爪と目』の登場人物たちを通して描いている、女の狡さや人間の狂気のようなものも、取り立ててそれにフォーカスしようとしているわけではなく、誰もが持っている性質で、ただそこにあるものとして記録しているだけなんです。

小説を書くために特別に行っていることも一切ありません。私、いわゆる引きこもりで、普段はほとんど家の外に出ないんです。だから、どこかに取材に行ったり、街ゆく人々を観察したりということはないのですが、日常の中で思いついたことや、「これは使える!」と思ったこと、重要だなと思ったことは1冊のノートに書き留めるようにしています。

確かにそこに書かれている内容を見ると、私が重要なものと分類している物事・知識には、はたから見ると” 怖い” と思われがちなものが多いかもしれません…(笑)。

「宣伝会議」2014年1月号紙面より抜粋

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