100ページ超の自分プレゼン資料
人を雇うことになるので、雇用契約書みたいなものもつくらなくてはなりません。
そして、アメリカで働くためには、ビザを取得する必要があります。
アメリカで働くことができるビザにはいろいろな種類があります。今回私は条件的にも信頼度的にも有利な「O-1ビザ」を取得することにしました。これは、「アーティストビザ」と呼ばれるもので、「科学、芸術、教育、ビジネス、またはスポーツの分野で『卓越した能力を有する者』に発給されるビザ」です。
これを取ると、3年間アメリカで働くことができるだけでなく、家族にもO-3ビザという、一緒に移住してもOKになるビザがついてきます。
とにかく、アメリカの移民局に「俺は『卓越した能力を有する者』なんだぞ!」ということを認めさせる必要があります。
過去にメディアに掲載されたインタビューや広告賞などの受賞歴とその証拠、それに付随するいろいろな「この人すごそうだ感」をつくるための素材たち。それらをすべて英訳して整理して送る必要があります。資料で言うと100ページ以上あったような気がします。
このアドタイに登場されている多くの皆様には、みんな「プロフィール」というものがついています。ああいうものは皆さん、大抵自分で書いています。私もです。
「高い技術力を背景にした様々なクリエイティブで高い評価を得ている」とか「国内外での受賞多数」とか、自分で書いていて「大丈夫かな自分」とか思ったりするのですが、このビザ取得のための資料はそれどころではありません。
100ページ以上にわたって「俺すげー」という内容を揃える必要があり、「もしかして自分はすごいのではないか」という錯覚を覚えてしまうほどです。準備も含めて数カ月の時間が必要です。
人の助け以上にありがたいものはない
そんなわけで、どうにかこうにか、仕事ができそうだぞ、ということになりましたが、今度は、住む家を見つけなくてはならない。事前に一回家族とニューヨークに行って探しましたが、ニューヨークの不動産ブローカー(仲介業者)は、結構せこいので、いい加減な部屋を紹介されてだまされそうになったりして、帰国ぎりぎりでどうにかオフィスから地下鉄で30分くらいの良い物件を借りることができました。
子どもの学校も決めなくてはいけません。英語で授業を行う公立学校は、特に母親が英語で先生とコミュニケーションを取る必要も出てくるので、まずはニュージャージーの日本人学校に行かせることにしました。
ニューヨークの部屋の家賃はめちゃくちゃ高く、学費もとても高いので、そもそも家計が回るのか、いろいろシミュレーションしたりもしました。
ばばばばーっと書いてしまいましたが、上記のようなことをどうにかこうにかすべて終え、日本での会社の展覧会(「PARTYそこにいない。展」)の仕事を落ち着かせたらニューヨークに引っ越す、ということになりました。
ここに至るまでに、いろいろやってみて思ったのは、とにかく人の助けよりありがたいものはない、ということです。前述のジェーンにしても、間借りをしているradical mediaの人たちにしても、頓挫しそうになったところで、「お前ら面白そうだから」ということで一生懸命助け舟を出してくれました。
ゼロから始めて、少しずつ仲間が増えていって、どうにかこうにかスタートラインに立つことができました。絶対に自分たちだけでは不可能でした。
日本では右も左もわからない、という状況になることは少ないので意識しなくなってしまうことがあるのですが、こういう状況になると、人の一つひとつの親切が身にしみるわけです。そんなことを改めて感じることができたのも、またとても新鮮でした。
そんなわけで、いろいろありましたが、ようやくニューヨークでの仕事が始まりました。