土地勘は立派な能力だった
ここが東京ならビックカメラや東急ハンズに走れば良いだけです。あのへんのお店ならば、どう行けば早いか、どのへんの棚に何があるか、なんていうことは何となくわかります。わからなくても日本語で尋ねれば話は早い。
しかし、ここはニューヨークなのでビックカメラも東急ハンズもないのです。
私は途方に暮れました。とにかく急いでインクジェット用の特殊紙を買わなくてはならないのに、どこに売っているのかがわからない。周囲に聞けば良いのですが、このときは、他の人もバタバタしていて、自分でどうにかするしかありませんでした。夜になってしまているし、空いているお店も限られています。
そんなわけで、寒い夜のニューヨークの街を絶望的な気分でさまようことになったわけですが、このときに、「あ、これって立派な能力なんだな」と思いました。
「買い物を高速でこなす能力」です。もっと広く捉えると、「どれだけ街を知っているか」です。
少しハードコアな話になりますが、私はいわゆるフィジカルデバイス(PCの外部機器や電子工作されたものを動かすような)の開発に関わることもそれなりにあるので、たとえば「どうしても今すぐに圧力センサが欲しい」ということがあります。ああいうものは、部品がないとその分仕事が遅れるところがあるので、とにかく速攻でそれを入手することが重要になります。
そのときすぐに、「秋葉原の秋月電子のあのへんの棚にあるはず」ということがイメージできるかどうか。それはその手の仕事を高速で進めて、最終的にクオリティを上げる時間をどれだけつくれるかに、意外とダイレクトに影響してきます。
今をときめくライゾマティクスさんがこういった領域であれだけ成功しているのは、そういった部品が大量にある場所をつくることに先行投資して、「わざわざ買いにいかなくてもそこらへんに機材や部品が転がっている」という状況をすごく早い段階からつくっていたのが一番大きいと私は思っています。だからこそ、優秀な人たちが集まり、離れられなくなる。一朝一夕にできることではないんです(私も、秋葉原が動いていない真夜中に部品が必要になってライゾマさんに駆け込んで部品を譲ってもらったことがあります)。
話はそれましたが、「インクジェット用の特殊紙を可及的速やかに調達する」ということができるか否か、「どこに売っているか。どのくらい時間がかかるかを判断できるか」は、ものをつくる上でとても大事な能力なのです。
普通はアルバイトがやるような仕事です。私も東京で仕事していた際は「○○買ってきて!」とバイトさんにお願いして、「何でそんなに時間かかるの?」って思ったり、「お願いしてたものと微妙に違う…」なんて思うことが多々ありました。
しかし、ニューヨークで速やかにインクジェット用の特殊紙を手に入れる方法が私にはわからないのです。アルバイトでもできるようなことが全然できない無能な自分がそこにいました。