内に閉じこもることなく勇気を持って対話を始めよう
———大学という教育の場で「対話」の効用を実感しているお二人ですが、「編集者にとっての対話」について聞かせていただけますか。
小林:私が20代の頃に接した当時50~60代の編集者たちは、独特の個性をお持ちの方ばかりで、人間としての存在感がそれぞれにありました。編集者魂とでも言いましょうか。それに触れるとこちらもがんばらなくてはいけないという気持ちになるんです。ところが、10年くらい前から編集者と会っても、感じるものが少なくなってきました。たとえば、編集のやり方も最初の打ち合わせのあとはメールだけのやり取りになったり、会ってもちょっとお茶を飲んでさっさと帰ってしまったり。特に若い世代にはパッションを感じなくなった気がします。
山田:すごくわかります。私が最初の本を書いたとき、担当の編集者の方たちは、会って話すだけですごく掻き立てられるものがあって、家に帰ると無性に文章を書きたくなったんです。彼らに何を引き出されたのか自分でもわからないのですが、書かずにはいられない気持ちになる。そういう方たちの何が良かったのかというと、私と一緒にこの本を作りたいという強い「想い」があったのだと思います。ところが最近の編集の現場では、マーケティング調査の鋭い分析や、見栄えのいい企画書が幅をきかせていて、一見編集者がとても優秀に見えるのですが、一方で、本当に私と一緒に本を作りたいのか、編集者自身がその本を読みたいのかという点では、そういう想いがあまり伝わってこないことがあったりします。
———では、編集者はどんなことを心がければいいでしょう。
小林:仕事をするうえでは知識だけでなく、知恵が必要です。知恵は実際の現場での実践や人間同士の交流からしか身につきません。優秀な先輩たちの姿を見ながら、どうすれば彼らのようになれるのかという意識を持ち、ときには飲み会などの交流の場で自分の技量を発展させていくことが必要だと思います。
山田:編集者に限らず、恐れを抱いている若い人が多いように思います。自分の考えを人前で表現した経験があまりないのか、自分の思いを閉ざしたまま行動しているんです。そんな状態で編集のスキルを磨いてもうまくいくはずがありません。まずは自分が思っていることを言葉や行動で表すことを心がけ、そのための勇気を持つことが必要だと思います。
小林:確かに勇気はとても大事です。私が行っている対話型講義も、学生に発言する勇気があるかないかで展開が大きく変わります。学生が勇気を出して発言すると自信をつけていって、次第にもっと大胆な発言をしていきます。教師の側はそれを促進して議論を展開させ、教室が盛り上がっていく感覚を学生みんなに持ってもらう。すると他の人たちもそれに加わりたくなり、一層盛り上がっていくんです。
山田:講義では、「勇気を出せ」といってもなかなかうまくいきません。でも、気の弱そうな学生がなけなしの勇気を振り絞って何かを表現したときに何かが変わるんです。それが次の人の勇気を引き出し、あとに続く人がどんどん出てきて、教室内がえも言われぬ勇気のスパイラルになっていく。もうひとつ大切なのは、まず私から勇気を出すこと。こちらが何もせず、ただ学生に勇気を求めるだけではダメで、まずは自分から何か表現してみせることが大切なのです。
———落ち込んでいて誰にも会いたくないようなときも、勇気を出して誰かに会いにいくとガラッと気分が変わるときがありますよね。
小林:ただ相手と会ってコミュニケーションするだけで、思考が触発されるんです。だから知識を得よう、答えを得ようというのではなく、自分自身の思考を触発するために人に会えばいいんです。確かに調子が悪いときやネガティブな感情のときは閉じこもりたくなりますよね。でも、内に閉じこもりたい心境を抑えて、自分自身の心を開いて相手と共に進化していく、そういう場を作るといいです。