人に会って触発されることが何かを生み出すきっかけになる
———対話の一番の効用は触発されることなんですね。
小林:そうです。巡り会いを通じて触発されて、正しい答えに到達していく、そのプロセスを体験することが重要なんです。対話で触発されて自分のオリジナルの考え方を身につけたとか、ひらめいたとか、そういう感激をぜひ得てほしいですね。それが何かの問題を解決したり、新しいものを生み出すきっかけになると思います。教育や仕事の現場はそのための修練の場でもあり、実はそういうチャンスはたくさんあるのだけれども、多くの人はそれを見過ごしてしまう。でも意識を持って日々過ごしていれば、日常的な会話でさえも質が大きく変わっていくはずです。
———人と会って話すことがまず大事だと。
小林:もちろん読書などで自己内対話を行うことも大事ですが、それだけだと閉鎖された世界にいるような状態になり、それ以上のことを考えられません。そのときに自分と違う他者と交流することで、今まで自分の中になかったものに導かれていくんです。我々のやっている対話術というのは、思考を高みに持っていくための方法です。
学者の私が恵まれていると思うのは、自分と同じ立場の優れた学者や編集者、ジャーナリストなど、こういう仕事をしていなければ会えなかったような人と出会えて自分の思考を広げられることです。その点、編集者は恵まれていますよね。インタビューなどを通して、多くの優れた人たちと会えるじゃないですか。相手のいろんなものを引き出しつつ、自分を高めていく。成長の機会を得るのには、編集者はとても良い職業かもしれません。
山田:私は38歳で会社を辞めたのですが、4日間で退職の決断を下さなければならなくなった時に、立て続けに7人に会ったんです。その人たちは私に対し非常に有効な問いを発してくれて、心の底にあったものを引き出してくれました。本当に納得したうえで退職の決断ができたのはそういう対話力のおかげだったと思います。
意外だったのは、そのときに会った7人は会社で特に仲が良かったというわけでもなく、少し距離のあったような人たちだったことです。でも一人会うごとに、何かが引き出されていって気持ちが整理され、最終的には心から退職しようという結論がきっちり出ていました。
小林:今の話で面白いのは、会ったのが必ずしも自分と距離の近い人ではないということで、それは対話にとってとても大事なことです。同じ考え方を持つ人と話しているともちろん楽しいですが、それでは普段自分が思っていることを追体験するだけで自分の世界は必ずしも広がりません。若干距離のある他者のほうが、対話の効果はより高まります。
これは対話をする際の重要なポイントですけれど、自分と違う考えを聞く度量を持つことです。始めからこの人とは合わないと避けてしまうと、自分の世界は広がりません。そうではなく、自分と若干異質な、距離がある人の考え方を聞くことで、自分の思考を再認識できるようになります。
——人と会って話すということでいうと、「サロン」のような場が求められているように思いますが。
小林:伝統のある会社には経営者の優れた理念が表れた社訓のようなものがあって、それを失わずにいることが長く発展している理由のひとつでもあります。それはまさにイズムというべきもので、それが世代を超えて継承されているかによって、その組織体の命運が変わっていきます。そういった、ある世代の考え方や経験を受け継いでいくための重要な場となるのが、サロンのような集まりです。
実は今の日本社会にはサロンというか、議論の場が減ってきている気がします。私はコーヒーでも飲みながら数人で自由に議論するのが好きなのですが、最近流行のカフェを思い浮かべても議論や会話がしにくい空間になっていますよね。一人ひとり閉じこもってパソコンをやったり。議論や有意義な対話の機会を持つためにもサロンのような場があちこちで再形成されていくといいですね。
小林 正弥(こばやし・まさや) 千葉大学大学院人文社会科学研究科教授
1963年東京都生まれ。東京大学法学部卒業。2010年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学公共研究センター共同代表(公共哲学センター長、地球環境福祉研究センター長)。専門は、政治哲学、公共哲学、比較政治。著書に『対話型講義 原発と正義』など多数。
山田 ズーニー(やまだ・ずーにー) 文章表現/コミュニケーション・インストラクター
1984年ベネッセコーポレーション入社後、進研ゼミ小論文編集長として、通信教育の企画・編集・プロデュースに携わり、高校生の考える力、書く力の育成に尽力。2000年独立しフリーランスとして文章表現力・思考力・コミュニケーション力の教育に取り組んでいる。著書に『おとなの小論文教室。』など多数。