ここでは、『販促会議』2014年3月号に掲載された連載「販促NOW-パッケージ」の全文を転載します。
(文:アイ・コーポレーション 代表取締役 小川 亮)
「ワインのラベルはローカライズが必要なくていいですよね」。食品メーカーのデザインマネージャーと食事をした際に、そう言われた。
販売国ごとに、デザインを含め、商品を現地に合わせて変えていくことをローカライゼーションという。嗜好(しこう)や文化の差異を反映し、対象とする市場で受け入れられる形に変えて発売する。パッケージデザインも、色や商品名がその国にそぐわない、または別の意味を持ってしまうなどの理由から、現地に合わせたローカライズをしていく場合が多い。特に食品は各国の文化や気候の影響を受けるため、国境を越えて浸透していくのが難しい商品群だといわれている。
その中で、なぜワインは国ごとにデザインを変える必要がないのか。海外のワインが日本で販売される際に行われるのは、最低限必要な日本語表記を、裏面シールで追加する程度である。
理由の一つは、ワインのルールと商品を一緒に浸透させたことだろう。ラベル表記にはルールがあり、生産者はその遵守を求められる。消費者がワインについて知ろうと思えば、ぶどうの品種や産地、格付け、ヴィンテージなどの情報は一定のルールでラベルに表記されており、消費者側にもそのルールが共有されている。そのためローカライズが不要なのだ。しかもこうしたルールは、時代に合わせて進化している。EUにおけるラベルの表記法は2009年、より時代に適合した形に改訂された。
ルールを守りながら進化させるという発想は、ラベル以外にも見受けられる。例えばフランスでは、生産方法を工業化する大規模なイノベーションが行われる一方で、ビオやオーガニックと呼ばれる”自然な”製法でのワイン作りを大切にしようという動きが活発だ。また、カリフォルニアやチリなど新しい産地のワインも世界中で受け入れられている。
こういった商品価値のルール化と革新は、国境を越えてワインのファンを増やし、買い手の商品価値の理解スピードを速める。いわゆる”分かる買い手”を育てるのだ。その結果、多様な商品価値を受容する寛容な市場がつくられた。理解度の深い買い手の存在が、ラベルのローカライズを不要にしているのである。
最近の好例は、フランスのジャン・リュック・コロンボ氏による代表的なワイン「LES ABEILLES」のラベルだろう。彼は自然と共生するぶどう栽培を大切にしており、除虫剤や除草剤は使わない。彼が初めて取得したコルナスという土地にはミツバチの巣があった。果樹の受粉の90%以上はミツバチによって行われているが、現在、地球上のミツバチの巣は減少傾向にあるという。
このラベルに描かれた「空を自由に飛ぶミツバチ」には、彼の「自然と共生しながら良いワインを作り続けたい」という信念が描かれているのだ。こうした物語に思いをはせながら、感謝と敬意を払い、ワイン愛好家はグラスを傾けるに違いない。
小川 亮氏(おがわ・まこと)
慶應義塾大学卒業後、キッコーマンに入社、宣伝部・販促企画部・市場調査部に勤務。同社退社後、慶應義塾大学大学院ビジネススクールにてMBA取得。現在、パッケージデザイン会社のアイ・コーポレーション代表取締役。飲料、食品、化粧品などの商品企画やパッケージデザインを多数手掛ける。
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