隣の人の“アイデアの発火”をトレースする方法 – Spark Shadowing(後編)

思考を止めないための思考

Spark Shadowingとは、思考を止めないための思考法である。単なるアイデア発想法、アイデア発想手法として活用することも可能だが、真価はそこにはない。自他の思考の作法をメタに捉え、それ自体を拡張・進化させていくための動的な、自己更新的な技術である。

一つの思考法を陳腐化させずに常に改良・再発明し続けるための、メタな作法である。

忘れるべきでないのは、「思考法のコレクション」自体を目的にしないことだ。日本のビジネスマンには、手法やフレームワーク、ノウハウを集めることに固執してしまう人が多い。そのうちの多くは、手法を知った時点で満足してしまい、実際に試したり手法自体を改善したりといったところまで踏み込まない。これでは本末転倒だ。

Spark Shadowing の究極的な目的は、すばらしいアイデアを得ること、そしてその段階で思考を止めないこと、この二点に尽きる。

「完璧なアイデア」はナンセンス – 試行錯誤で自らを再定義し続ける

アイデアは試行錯誤の種であるべきだ。今の時代、究極の完成度をもったアイデアをはなから発想することは求められていない。また未熟なアイデアを短時間のうちに輝かしいコンセプトにまで磨き上げることも、求められていない。「完璧なアイデア」というのはナンセンスな幻想に過ぎない。

アイデアは、七割の完成度で、試作テストをくぐり抜けるべきだ。アイデアを大事に長期間温め続けることに価値はない。すぐにプロトタイピングを行い、仮説を検証すべきだ。

アメリカの出版社O’Reilly Mediaは、執筆途中の書籍を完成した部分から段階的にオンラインリリースし、そのユーザフィードバックを残りの部分に反映させる、といった取り組みを行っている。アイデア発想とは異なる文脈だが、「一つの思考に捕われず、ものづくりのプロセスのなかで逐次改善を行う」姿勢は共通している。

Android Market やApple Store でダウンロードされるアプリケーションも、ユーザとの対話の中で随時アップデートされるものだ。誰もが用いるサーチエンジンgoogle も、永遠のβ版としてA&Bテストを繰り返し、身軽な進化を続けている。

このような事例の全ては、根本において共通している。一つの決まった形に捕われてはいけない。試行錯誤の中で自らを再定義し続ける姿勢を持つことが肝要だ。

アイデアは一つの発想に終わらない。 思考を止めてはいけない。


注釈:Spark Shadowingという名前について

最後までお読みいただいてありがとうございます。少しだけ、語句についての解説を。

Spark
Sparkとはアイデアの発火、発想の瞬間そのもので、つまり光によって象徴されています(名案やそれを思いついた瞬間は、よく電球のメタファーで表現されますね)。

Shadowing
Shadowingとは、シャドーボクシングにも通じるように、ここでは「ある動きをなぞる」ことを意味します。思考の流れを上流から下流まで辿って、なぞる試みです。シャドーボクシングでは、仮想の敵を想定しながら自らの動きの型を作ります。Shadowingは、実践でその型を繰り出しやすくするためのトレーニングです。

Shadowingとは「型をなぞる練習」としての意味のほか、その後自体が「影」を意味することが興味深い、と私は勝手に思っています。「影をなぞる動き」そのものがShadowingである、というトートロジー的な解釈も可能だし、「仮想の敵は飽くまでシャドウである」という「象徴としての影」を想定することもできます。いずれの場合も、それは闇によって象徴されている、ということ。

Spark Shadowing
「光」を再現するための「影」。光によって影を得、影によって光を得る(いわゆるoxymoron, 矛盾撞着語法)。お互いがお互いを強固にする。このコントラストを行き来する中で、枯渇しない無限のアイデアの種が生じるというわけです。試行錯誤が繰り返される。振り子の動き、波打ち際的な相互作用、シナジーとしての動きを感じてほしいと思っています。

1 2 3
渡邉 康太郎(takram design engineering )
渡邉 康太郎(takram design engineering )

アテネ、香港、東京で育つ。大学在学中の起業、ブリュッセルへの国費留学等を経て、2007年よりtakram参加。最新デジタル機器のUI設計から、国内外の美術館でのインタラクティブ・インスタレーション展示、企業のブランディングやクリエイティブ・ディレクションまで幅広く手がける。代表作に、東芝・ミラノサローネ展示「OVERTURE」、NTTドコモ「iコンシェル」のUIデザイン、虎屋と製作した未来の和菓子「ひとひ」など。

多くのプロジェクトを元に体系化した「ものづくりとものがたりの両立」という独自の理論をテーマに、企業のデザイナー・エンジニア・プランナーらを対象とする人事研修、レクチャーシリーズやワークショップを多数実施。国内外の大学やビジネススクールでの講義・講演も。香港デザインセンターIDK客員講師。独red dot award 2009等受賞多数。趣味は茶道。

AXIS、IDEO Tokyoとともに、デザイン思考を広める一般向けの連続イベント「Collective Dialogue - 社会の課題にデザインの力を」を共同主宰。著書に「ストーリー・ウィーヴィング」(ダイヤモンド社)。その他「THIS IS SERVICE DESIGN THINKING. Basics – Tools – Cases 領域横断的アプローチによるビジネスモデルの設計」(BNN新社)の監修・解説を担当。

渡邉 康太郎(takram design engineering )

アテネ、香港、東京で育つ。大学在学中の起業、ブリュッセルへの国費留学等を経て、2007年よりtakram参加。最新デジタル機器のUI設計から、国内外の美術館でのインタラクティブ・インスタレーション展示、企業のブランディングやクリエイティブ・ディレクションまで幅広く手がける。代表作に、東芝・ミラノサローネ展示「OVERTURE」、NTTドコモ「iコンシェル」のUIデザイン、虎屋と製作した未来の和菓子「ひとひ」など。

多くのプロジェクトを元に体系化した「ものづくりとものがたりの両立」という独自の理論をテーマに、企業のデザイナー・エンジニア・プランナーらを対象とする人事研修、レクチャーシリーズやワークショップを多数実施。国内外の大学やビジネススクールでの講義・講演も。香港デザインセンターIDK客員講師。独red dot award 2009等受賞多数。趣味は茶道。

AXIS、IDEO Tokyoとともに、デザイン思考を広める一般向けの連続イベント「Collective Dialogue - 社会の課題にデザインの力を」を共同主宰。著書に「ストーリー・ウィーヴィング」(ダイヤモンド社)。その他「THIS IS SERVICE DESIGN THINKING. Basics – Tools – Cases 領域横断的アプローチによるビジネスモデルの設計」(BNN新社)の監修・解説を担当。

この記事の感想を
教えて下さい。
この記事の感想を教えて下さい。

このコラムを読んだ方におススメのコラム

    タイアップ