組織でしか身につけられない基礎
廣田:学生のOB訪問を受けると、承認願望が強い。若くして目立ちたい人が多いというか、基礎的なことはめんどくさいし、やりたくないと感じている人も多いようで、なかなか基礎の大切さみたいなことは伝わりません。僕もこうして、対談させていただいていますけど会社では怒られまくっていますし、「基礎練つらいな」みたいなことはありますけど、その先にしか優秀な人材は生まれないと思っています。
この基礎練習みたいなものは、組織、企業じゃないと身につけられないんでしょうか。
阿部:逆に言うと、それを身につけさせるのが組織の役割ではないでしょうか。それがなければ組織である必要はなくて、個々人が各々プレーヤーとしてやっていればいい。
組織に属して、その文化を学ぶことは、その企業のインフォーマルな文化を学ぶことです。例えば電通の研修を明文化しろと言われてもわからないし、東大の社会学研究室の下積み時代のガンガンやられる感じをマニュアルにしろと言われてもできないわけです。そうして培ってきたものが多分、企業文化というか、長く続く組織の強みだと思います。そういった意味では歴史を持つということが組織が存在することのひとつの意味なのかなという気がします。
廣田:アメリカのYahoo! のCEOになったマリッサ・メイヤーという女性が在宅勤務の方針を転換して、毎朝オフィスに出勤させるように変えた理由が、コミュニケーションからしかイノベーションは起こらないということでした。組織もIT化が進むと会社にいる意味がないというか、社会学者濱野智史さんの同期、非同期という言葉を借りると、非同期的にも仕事ができるのがITの力と言うこともできます。一方で、マリッサ・メイヤーのように同期しないとイノベーションが生まれないという話もあります。
組織というのをひもといていくと、コミュニケーションの集積でできているんですけど企業文化の中で、創発をいかに起こしていくかが大事だと思います。となってくると、組織や文化を継承するために必要な要素、組織を構成するために必要な要素は何か、知を継承するために必要な要素って何でしょう。意外と場所だったりするんですか。
阿部:場所というのは絶対に必要です。学振(日本学術振興会特別研究員)という月々お金がもらえる制度があるんですけど、それに当たると、いちから勉強しようと研究室にこなくなって家に籠る人がいます。でも、どんなに優秀な人でもけっこうな確率で行き詰まって、才能が枯渇していきます。東大の大学院生ですらそうなんです。やっぱり、小さい、地下の院生室というところに集まって話をしているとそこで初めて面白いものが生まれるんです。
これはネット空間でも可能なんですけど、人はそんなに強くなくて、ネットだと気の合う人としか話をしない。院生室に行けば、嫌な先輩とか自分とは専門の違う人もいるわけです。例えば僕は、バイク便ライダーの研究をしていて、メインの調査手法は質的調査、参与観察です。そうすると、ルーマンやフーコーといった社会学者の学説史研究をしている人たちとは学会では接する機会は少ない。でも、院生室に行けば、他にも数理モデルで社会を記述しようとするヤツがいたり、歴史に詳しいヤツがいたりと、とにかくダイバーシティがあるわけです。で、彼らとバイク便ライダーの調査について議論する。現実の「場」というのは、お前は来るなとは言えないので否応無しにダイバーシティは高まらざるを得ない。ダイバーシティがない議論はつまらなくなるし、異化作用のない芸術や文化がつまらないのは歴史が証明しています。そういった意味で「場」は必要だと思うし、院生にもなるべく大学には来いといっています。
廣田:スタートアップ系の企業は、社内コミュニケーションを活発にすることがイノベーションに結びつくのでいろいろ工夫しています。Evernoteという会社はお菓子と飲み物を置くフロアを分けて、そこを行き来する人がすれ違う回数をいかに多くするかということをやっています。社員同士がお互いの顔を見えるようにして、いかにコミュニケーションが起こる確率を上げるかということは多くの組織で課題になっています。
阿部:それはすごく重要です。特に、電通のように巨大で、いろんな人が集まっている企業は縦割りにしておくのはもったいない。ごちゃまぜにしたほうが面白いものが出来上がるのは間違いないです。逆にいうと、小さい会社や研究室は規模のメリットが働かないことがある。例えば、小さい研究室だと、どれだけ優秀で、東大の社会学研究室にいる院生よりも2倍くらい本を読んでいても、何かしら行き詰まることもある。身も蓋もない言い方をすると、優秀な人がたくさんいるということが大きな組織の強みなのかなという気がします。