前回記事「 「自分」を見つけた人の強さ 〜夏目三久アナの人気に見る、「自分になること」に対する憧れ〜」はこちら
車も持たない、海外にも行かない、消費欲もない……とメディアではよく言われていますが、果たしてそれは本当なのでしょうか。「事実は欲望がないのではなくて、上の世代の人たちが“欲望”と思っているものが、若い人たちのそれとは違っている」と話すのは、ベストセラー小説『野ブタ。をプロデュース』作家であり、今年30歳を迎えた白岩玄さん。
AKB48、婚活、アニメ「ONE PIECE」、W杯、半沢直樹、ミスチル……と、現代の若者が“ハマる”モノ・コトには、共通するツボがあると断言します。
「最初に欠落があり、そこに何かがハマることでコミュニケーションは起こっている」――。この連載では、「今、人気&話題になっているものが、なぜ支持されているのか」について、30歳小説家視点から解析していきます。
【連載】
第1回 「女子」から「女性」へ〜AKB大島優子卒業に見る、“大人”であること〜
第2回 愛情は“型”の中にある 〜『笑っていいとも!』に見る、マンネリの中にある愛〜
第3回 「ウソ」と「仮装」はどちらがモテるか? 〜エイプリルフールに見る、モテないなら参加しないという空気〜
第4回 「自分」を見つけた人の強さ 〜夏目三久アナの人気に見る、「自分になること」に対する憧れ〜
第5回 女の抑圧と男の抑圧 〜アナと雪の女王のヒットに見る、女性の抑圧だけが解放されるべきという空気〜
白岩玄(小説家)
もし、主人公が男性だったら?
興行収入170億円を突破したディズニーの長編アニメ「アナと雪の女王」が記録づくしの大ヒットになっている。僕も観に行ったのだけど、すごく楽しめたし、久しぶりにディズニーらしいものを観たなと感じた。
「アナと雪の女王」関連記事はこちら
中でも素晴らしかったのは、自分が生まれ持った魔法の力に長いあいだ苦しんでいたエルサという女性が、国を追われ、「ありのままの自分でいいんだ」と吹っ切れる場面だ。
映画の一場面でありながら、もはや相当数の人が共有している例の「Let It Go」の場面なのだけど、あそこで気持ちを持っていかれた人はものすごく多いのではないだろうか。
極端な言い方をすれば、あの場面がなかったら、アナと雪の女王はここまで話題にはならなかったと思うのだ(もっと言うと、吹き替え版の功績はかなり大きい。歌詞を意訳し、それを松たか子が歌ったのは近年まれに見る妙案で、何か賞をあげてもいいくらいだ)。
ただ思うのは、この「Let It Go」の感動は、結局のところ主人公が「女性」でなければ成り立たなかったんじゃないかということだ。
すでに映画を観た人は、男の人が主人公だと仮定して、あの場面を頭の中で再現してみてほしい。どんなに映像が素晴らしかろうと、どんなに音楽がぴったりこようと、男性が主人公だといまいち共感しきれないというのが実際のところではないだろうか。
そうなってしまう原因は「Let It Go」が抑圧からの解放を歌っているからだ。女性は生きているだけで抑圧があると言われるが、「Let It Go」を歌うあの場面には、その抑圧(の一部)を解放する力がある。だから同じ場面でも主人公を男性にすると響かないのは、男性には女性ほど抑圧がない(ありのままになる必要がない)からだと考えられる。
でも本当にそうなんだろうか?今の世の中は女性ばかりが抑圧されていて、男性は常に解放され、自由を謳歌しているんだろうか?
たしかに社会的な面ではまだまだ女性が割を食っている部分は多いと思う。女性というだけで差別を受けたり、仕事やプライベートでストレスを感じるという話は、僕の周りでもたくさん聞く。
でもだからと言って男性に抑圧がないかと言えばまったくそんなことはないのだ。なんだかんだ男らしさを気にして周りに弱音を吐けなかったり、一生働き続けることを当然のように求められたりする。
そして一番厄介なのは、そういうことに「異議を唱えてはいけない」空気が普通に存在することだ。言うなれば、男性の抑圧は社会では「見て見ぬ振り」をされている。
僕自身は映画を楽しんだし、別にヒットに水を差す気はないのだけれど、「女性の抑圧は解放されるべきであり、男性は抑圧があっても耐えるべきである」という考え方がこの国に蔓延しているからこそ、アナと雪の女王はこれほどまでにポジティブに、大きな反発もなく受け入れられているのだと思う。
そしてその背景には、ある種の偏った差別がある。
何かが大ヒットしているときは、反対側にあるものがないがしろにされているものなのだ。どちらかが我慢するのではなく、互いに譲り合うような道が見つかればいいと思うのだけど、そういうのは理想論に過ぎないんだろうか。
若者攻略本。
AKB48、婚活、アニメ「ONE PIECE」、W杯、半沢直樹……若者が“ハマる”モノ・コトには、共通するツボがあった!ベストセラー小説『野ブタ。をプロデュース』で、若者のリアルな心理を描いた30歳作家が、“欲しがらない世代”の欲望を解説します。
1983年、京都市生まれ。高校卒業後、イギリスに留学。
大阪デザイナー専門学校グラフィックデザイン学科卒業。
2004年『野ブタ。をプロデュース』で第41回文藝賞を受賞し、デビュー。
05年、同作は芥川賞候補になるとともに、日本テレビでテレビドラマ化され、
70万部を超えるベストセラーとなった。2009年『空に唄う』、2012年『愛について』を発表。
今年3月28日、初の実用書となる『R30世代の欲望スイッチ~欲しがらない若者の、本当の欲望』を発表した。
【連載】
第1回 「女子」から「女性」へ〜AKB大島優子卒業に見る、“大人”であること〜
第2回 愛情は“型”の中にある 〜『笑っていいとも!』に見る、マンネリの中にある愛〜
第3回 「ウソ」と「仮装」はどちらがモテるか? 〜エイプリルフールに見る、モテないなら参加しないという空気〜
第4回 「自分」を見つけた人の強さ 〜夏目三久アナの人気に見る、「自分になること」に対する憧れ〜
第5回 女の抑圧と男の抑圧 〜アナと雪の女王のヒットに見る、女性の抑圧だけが解放されるべきという空気〜