マーケターの意識が、企業を変える!――理想と効率のバランスをどうとるか?真の顧客主義を実現する最前線の取り組みを追う(森永乳業)

一人格として見える、森永乳業を実現したい

――お客様から見た時に、森永乳業という会社が一人格に見えるという状況は、広告部だけの努力ではなかなか実現しづらいのではないでしょうか。

確かに企業の組織が大きく変われば、お客様に一人格としての森永乳業をお見せすることができるようになるかもしれません。しかし組織の改編は広告部長である私が実現できることではありません。そこで、まずは自分たちにできることから草の根的にでも始めてみようと考えています。

社内において、私たちの広告部と営業本部室、MR(マーケティング・リサーチ)部の3部門だけが組織横断的に動ける部門なので、まずは自ら「横に動く」ことを重視しています。こうした活動が徐々に広がり、各事業部の理解を得て、最終的に「一人格としての森永乳業」の実現に近づいていければと考えています。

横串をさせるコミュニケーション手段として、WEBの活用にも期待していますが、現在はまだ各事業部がブランドサイトやコミュニティなどを別々に管理している状況で、横のつながりが持てているとは言えません。

そこで最近、外部の講師を招きWEB担当者を集めた勉強会を始めました。アクセス解析の結果などブランド間でデータを共有することで、お客様の理解につながるのではないかと考えています。

――広告部では他部門の人たちがお客様と直接、接する機会を意識的に作っているそうですね。

例えば営業の人たちに「お客様は誰か?」と聞いたら、「流通のバイヤーだ」と答える人が多いのではないかと思います。街を見渡せば、ほとんどの方が当社の商品を買ってくださったことのあるお客様だと思いますが、なかなか全社員がお客様と向き合うということができなくなっているのが事実です。

そこで例えばお客様を生産工場にお招きし、工場長とも接点を持ってもらうようなイベントの機会を作っています。

私がお客様と直接、触れ合えるイベントの場に自ら出向くようにしているのも、体感で得られる情報に勝るものはないと感じているからなのですが、お客様の生の声を聞いてもらうと、事業部や広告部と共通の理解でお客様に向き合えるようになっていきます。

広告部が直接地域の支店と組み、エリアプロモーションにも力を入れていますが、その地域でシェアが拡大するなどの具体的かつ定量的な成果が出ており、こうした事例が社内で共有できると、成功体験が蓄積され、より多くの人たちの賛同を得られていくという実感があります。

マーケターはバリューチェーンの「トータルプロデューサー」

――お客様と最前線で触れ合うからこそ、見えてくるお客様の気持ちをいかに社内に伝えていけるか。マーケターの重要な役割ですね。

お客様と企業の接点を作るのがマーケターの仕事だと思います。

そのためには、まずはお客様を知り、お客様にとってのバリューとは何かを徹底的に考える。その上で、自社が持つ価値をどんなふうに伝えていけばよいかを考え、実行していく必要があります。

それは、「バリューチェーンのトータルプロデューサー」とも言えるべき仕事で、その実現のためには企業内のコーディネートも重要な役割だと思っています。

――購買時点で直接、接点を持てないマスプロダクツメーカーは、通常はお客様と触れ合う機会が持てません。

そうですね。特に単価も安い当社のような食品の場合、どうして選んでいただいたのか、その理由がわかりづらいという課題があります。そこで、最近はシングルソースパネルのデータに注目をしています。

お客様にとっては、当然ながら森永乳業は“One of Them”にすぎません。それゆえ、たくさんある選択肢の中から、選んでいただける理由を提供していかなければなりませんし、なぜ当社の商品を手に取っていただいたのか、小さなきっかけを見つけることがとても大事です。

今は、例えば当社のサイトを訪問してくださったお客様、イベントに参加してくださったお客様のデータと外部企業が提供する購買データを紐付けて、お客様の心理変容を一気通貫で分析しようと考えています。

また当社のようなマスプロダクツメーカーでも、以前からキャンペーンに応募してくださったお客様のデータは蓄積しています。これまでは各ブランド別にキャンペーン事務局をつくり、データも各自で蓄積している状況でしたが、少しずつキャンペーン事務局を統合して複数ブランドのデータを統合していく方向に動き始めています。

その方が、よりお客様を理解し接点を増やせるチャンスの拡大につながると考えているからです。

――各ブランド別、業務が異なる部門を統合していく上でのポイントはありますか。

他部門を巻き込むなどの新しい取り組みをする際、他部門の立場やその部門のメリットを考えた上で、私がよく使うのが、「効率化・コスト削減が見込めます」、「あくまでテスト的です」という2つの言葉。

先のキャンペーン事務局を統合するという提案も、あくまでわかりやすい「効率化」につながるからということから理解を得、協力をしてもらいました。

最初から「各ブランドが持っているお客様データを統合しましょう」と話して、そこを目指そうとしても、なかなか実現は難しいと考えているためです。

――広告だけでなく、リアルの場を含めたお客様との接点作り、さらにお客様を理解するためのデータ活用など、寺田さんのお話からは「個対個のコミュニケーション」を実現したいという強い信念を感じます。

私が理想に掲げる「個対個のコミュニケーション」は、普通に考えれば現実的なことではありません。しかしデータの活用を始め、デジタル・テクノロジーが進化するほど、企業コミュニケーションの原点とも言える活動をスケール感を持って実現できる環境が整っていくのではないかという期待を感じています。


寺田文明(森永乳業 広告部長)
1984年森永乳業入社、東京多摩工場、研究所、製品開発部、米国駐在、総務部秘書室、営業本部室を経て、2008年5月より広告部に異動。現在は、飲料、デザート、冷菓、チーズ等、広告コミュニケーション活動全般に携わる。

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