マーケターの意識が、企業を変える!――理想と効率のバランスをどうとるか?真の顧客主義を実現する最前線の取り組みを追う(全日本空輸)

利用頻度だけではお客様からの“好意”は見えない?

――お客様のデータを活用することで、自社に好意を寄せてくれている人を発見しやすくはなっていますよね。

はい。しかもロイヤリティマーケティング部が対応しているお客様は、「ANAマイレージクラブ」の会員の方です。クレジットカードとも連携しているので、飛行機に乗る以外でもマイルが貯まり、そこでもお客様との接点があります。より、一人ひとりのお客様を理解しやすい環境になっていると思います。

ただし日本の市場はポイント事業が盛んで消費者から見れば、当社のマイレージも各種ポイントサービスと同列で比較をされています。経済的なベネフィットだけを訴求していても、なかなかユニークな存在にはなれません。

そこで今は「精神的な価値」をも提供できる領域まで進化をさせていくべきだと考え、活動をしています。精神的な価値を提供できるようになるには、お客様の人生に寄り添って考えることが必要。

そこでお客様の「人生」をテーマに「健康」「学習」「成長」といったキーワードを考え、マイレージクラブのサービスを企画しています。

その先にあるのは、お客様と企業という関係を超えたパートナーの関係かもしれませんが、お客様視点のLTVを実現するため、この挑戦を続けていきたいと考えています。

――ANAさんではマイルを貯めるだけでなく、マイルと交換できる電子クーポン「ANA SKY コイン」など、使う場の提供でも新しいアイデアを実践していらっしゃいます。

マイルと「ANA SKY コイン」は、「ANAマイレージクラブ」と提携パートナー社で構成する生態系の血流とも言えるもの。お客様にとって経済的価値、精神的価値を感じていただけるサービスを企画し、実現することで、この“血液循環”を活発にしていくことが重要だと考えています。

「ANAマイレージクラブ」の会員の方がSNSで、特定のお題について投稿すると、コインが貯まる「Social Sky Park」も血液循環の活発化、お客様との接点の拡大を目的に企画したものです。

スポンサー企業が提供する商品に関するお題について投稿するとコインが貯まるサービスで会員とスポンサー企業の方、そして当社の3者にとってWin-Win-Winとなるビジネスモデルになっています。

――他社も参加できる広い場をつくり、かつSNSで投稿するだけで気軽に参加できる「Social Sky Park」は、 ANAさんにとって、お客様の日常の中での接点作りの取り組みと言えそうです。一人ひとりのお客様を理解するには、日常の中でより多くの接点を作っていくかが課題と感じますが、実際に航空機に搭乗するなどのリアルな接点だけでなく、バーチャルの場でも接点をつくろうとする「Social Sky Park」の取り組みには、なかなかスケールしづらい「個客視点」の活動が抱える課題を解決するヒントがありますね。

当社では全社を挙げて「カスタマーエクスペリエンス(CX)」を高めていこうという方針を掲げていますが、お客様に満足し、さらに感動していただけるような体験を提供する上では、お客様一人ひとりを理解する必要がありますし、そこではお客様とANAが接する機会が増える「Social Sky Park」などSNSの活用も重要な役割を果たすと考えています。

ベースになるのは社員一人ひとりの理念の理解

――従来のように「広告」を打つだけでは、お客様との接点がつくりづらい環境にあります。マイルを使う機会が増えれば、日常の中でのブランドとの接点も増え、それがブランドに対する親近感につながる可能性もありますね。

はい。さらに、貯めるだけでなく使う機会の拡大も注力しているテーマです。

これまでマイルは、ある程度貯めないと使うことができませんでした。具体的には最も必要マイル数が少なく交換できる特典航空券でも7500マイルが必要ですし、電子クーポン「ANA SKY コイン」との交換サービスも3000マイルからとなっていました。

それを4月から1マイルから「1ANA SKYコイン」に交換できるサービスを開始。ご利用のハードルを一気に下げています。

――「ANAマイレージクラブ」を基軸にした各種サービスが張り巡らされ、プラットフォーム化している印象を受けます。

私たちの部門の目下の課題はLTVのアップではありますが、新規のお客様にとって価値あるサービスを実現していくことで「ANAマイレージクラブ」の入会にもつなげることも重要と考えています。

広告や営業活動を通じて、せっかく新規のお客様になっていただいても、その後ANAグループが提供する経済圏での様々な体験に価値を見出していただかなければ、顧客になっていただくことはできません。

魅力的なカスタマーエクスペリエンス(CX)を通じ、関係性を築き、顧客になっていただく、この一連の企業活動はどこをとっても気が抜けないものです。

今後も利用頻度のみによらない関係性構築という取り組みを進化させていきたいと考えていますが一連のプログラムをワークさせるためにも、この精神的なつながりはロイヤリティと生涯関係性への第一歩であり、とても重要なことです。

また、お客様を知るうえで、テクノロジーやデータは有効ではありますがオンライン、オフライン問わず、一連の接点を通して提供される体験価値が魅力的であることが必要であり、そこでは社員の企業理念への理解やDNAの継承も不可欠とも考えています。

最近はインナーコミュニケーションを重視し、企業理念に対する全社研修をしたり、各部署で理念に関するディスカッションをするなどの取り組みも始まっています。

確かに意識の共有は、難しい面もあります。その点、私たちの部門には、お客様をより深く理解するためのデータがありますので、そうしたデータも活用しながら社内の理解を深めていく活動に貢献していければと考えています。

一人ひとりの社員が企業の理念やビジョンを理解し、目指すべき理想を共有した企業活動を続けていくことがマーケティングを進化させ、さらに企業の未来を切り開く。

こうした内部の体制、お客様と向き合う姿勢の共有があってこそ、デジタル・テクノロジーのようなツールも真に活用できるようになるのではないかと思います。


稲田剛(全日本空輸 マーケティング室 ロイヤリティマーケティング部 部長)
1989年、ANA(全日本空輸)入社。生産本部・販売計画部・宣伝部を経て2012年よりマーケティング室ロイヤリティマーケティング部 部長としてANAマイレージクラブ・ANAカード・AMCコマースサイトの企画・開発・運営、他の航空会社・会員組織・企業との提携を統括。

次ページ まとめ(宣伝会議マーケティング研究室)に続く

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