ネスレ日本 代表取締役社長兼CEO 高岡 浩三氏
一人ひとりの社員がお客様にとっての価値を創る
——現在の国内の市場環境をどう見ていますか。
バブルが崩壊してからの失われた20年、日本はGDPが増えることもなく、経済大国として米国に次ぐ2位のポジションも中国に奪われ、さらには長期にわたるデフレを経験し、私たち食品業界にとっても厳しい環境が続いてきました。日本の政治、そして経済のモデルは戦後の高度経済成長期に成功体験を築いてきた「新興国」のモデルと言えます。本来は先進国の仲間入りをし、経済成長がピークに達したバブル経済下で、新興国から先進国モデルへと転換を図るべきだったと思いますが、それができなかったことが失われた20年の要因です。
本来は経済環境に左右されることなく、売上そして利益を伸ばしていくのがプロの経営者の仕事です。それができないのは企業、そして経営者の中に「先進国型のマーケティング」が欠落しているからだと思います。
——高岡社長はトップになってからも“企業都合”で発想するのではなく、お客様の目線になって、自社の商品や提供する価値をとてもシビアに見ていると思います。
常にどうしたらお客様に価値を感じていただけるような提案ができるかを考えるのがマーケターの仕事です。そこでマーケティングを経験すれば、自然とお客様中心にものごとを考えるようになります。ネスレグループの執行役員は約30名ですが、そのほとんどがマーケター出身。これはネスレグループに限らず、グローバル企業では普通のことだと思います。一方、日本の企業ではマーケティング部門よりも営業や製造部門出身のトップが多くいらっしゃいます。裏を返せば、それは日本の企業ではマーケティングが中心にない。つまりは、お客様中心の経営体制にはなっていないということです。
僕はマーケティングを経験しているので、社内の人事政策を考えるときも、最終的にそれがお客様の価値をつくることにつながるか、という視点で判断をしています。私たちのような消費財のメーカーだけでなく、B2Bの企業であっても、本来マーケティングが中心にあるべきだと思います。
——「お客様にとっての価値」の創り方にも、既存商品の新しい楽しみ方を提案する「焼きキットカット」から「ネスカフェ アンバサダー」、さらにスーパーマーケットなどに出店する「カフェ・イン・ショップ」など新しいビジネスモデルまで多岐に渡っています。
表面的に見れば、そうした新商品や新ビジネスの開発がお客様にとっての価値創造の取り組みと映ると思いますが、一番力を入れてきたのが、そのベースとなる人事制度のイノベーションです。お客様にとっての価値を創るのは一人ひとりの社員。そこでいつも仕事時間の7割は、お客様さらに社員と「人」のことを考えていますし、人事のイノベーションこそが、お客様にとっての価値を創ることにつながると考えています。
その取り組みの一つとして、新しいビジネスモデル確立に社員が参画することを目指して、2011年から「ネスレ日本イノベーションアワード」を開催しています。企業をイノベートするアイデアを出し、自分でやってみて、成否を判断し、結果をレポートするという仕組みなのですが、昨年は約1600のアイデアがでてきました。「カフェ・イン・ショップ」のアイデアも、このアワードに応募した契約社員の女性の案がきっかけになっています。
このアワードを行う中で気づいたのは、イノベーションを起こすようなアイデアを出せる人は、必ずしも従来の人事制度で評価をされてきた社員ではないということです。こうした気付きがまた、次なる人事のイノベーションに活かされています。