東浩紀×菅野薫×廣田周作「データベースが支配する世界で広告はどう形を変えるのか?」

ビッグデータ解析で人の心はどれだけ分かるか?

思想家 東 浩紀 氏

東:データを使った分析の話、表現の話、両方していただきましたけど、僕は人の気持ちはデータそのものでは何も変わらないと考えています。例えば少年犯罪と治安という問題があります。今、治安が悪化しているという不安や、少年が怖いといった意識を持っている人は多い。ただ一方で、少年犯罪が減っていることを示すデータもあります。問題は、データ上はそうでも、治安というものはあいまいで、データでは実証できないことです。相手にしないといけないのは、「治安が悪化している」と考える人の心です。福島の食材の話も同じでしょう。放射能検査をして数値的に大丈夫ですと言っても、人の心は「でも怖い」なんですよ。それを風評被害だと言ったり、科学者たちが「無駄に怖がっている」と切り捨てても事態は解決しない。データが示す客観的な事実と人の心がずれている時に、どうやってそれをつなげていくか? それが本当の意味での広告や、パブリックリレーションなんじゃないか?と最近思っているんです。

廣田:僕たちマーケターの考えていることと世の中をブリッジするのがクリエイティブの役割です。よく「クリエイティブジャンプ」と言いますが、コピー1本で魔法がかかるというか…この領域は自分にとってもまだ謎に満ちているんです。

菅野:僕自身は、「こういう風に見てください」という“見方”まで作るクリエイティブは、上から見ている感じがして、自分では作りません。受け手の想像に任せたいから、問題提起のような形でぽんと出す、というやり方をしています。

東:さっきのフェンシングの映像の話とつながりますけど、データによる感情喚起には、これまでのクリエイティブとは全く別のルートで人の心を動かす可能性を感じています。ただ、データ分析でどれだけ人の心が分かるか?については、ソーシャルメディアが広がったと言っても、まだ若者や都市部に偏りがある。あと20~30年もして、すべての人がソーシャルメディアをする状態になったときに、ビッグデータ解析の可能性は、初めて明らかになると思います。

菅野:僕自身はツイッターでマーケティング解析をすることはないので、大したことは言えないんですが、人ってさんざん悪く言っていても意外に好きということもあるし、ほめている割に嫌いということもある。そういう、表面的に追うだけでは読み取れない部分の方が、自分としては興味があります。

東:数量的な分析と言葉の分析は違いますよね。「バカ」という言葉が本当に全部ネガティブなのか、それを前後の文脈から分析するところまで、今の技術ではまだまだできない。現時点では言葉の分析はあまりあてにならないと思っています。

菅野:ツイッターだと、主語を省略してしまえば検索にはひっかからないし、前後関係の文脈も失われてしまう。だからツイッターだけで人の心の中を全部読めるというのは、ある種の万能感に酔いしれている感じがします。広告の仕事をしていると、すぐに「人を動かす仕事」「世の中を動かす」みたいな大きなことを言うけれど、僕らはたかだか広告屋です。少しでも気になるように言葉を考えるとか、絵を考えるというところからの延長です。ビッグデータでも「これで何でも分かる」みたいな興奮が今ありますが、それによって何が分かるか、起こるかへの言及があまりにない。そんなテーマのセミナーでお金が取れるくらい、皆分かっていない。何か新しいイノベーションが起こって、すべてが分かるんじゃないかって興奮を感じれば感じるほど、「分からない」って思う。そこにある種の気持ち悪さとか、怖さみたいなものを感じてしまうんです。僕の話って、いつもそうやってずれてしまうんですけど。

東:いえいえ。すごくよく分かります。

電通 廣田 周作 氏

廣田:今の菅野さんのお話を聞いて、僕は今すごく反省してます…。僕自身がツイッターが出てきたとき、これでリアルタイムで皆の意志が分かる!マーケティングの新しい手法が開発できるぞ!と考えてここまで突っ走ってきてしまったので。懐疑的な視点、検証的な視点をもっと持たないといけないですね。現場で日々仕事をしていると、クライアントから「ビッグデータで何かしたい」と依頼されることも多くて、何のために?の議論が抜け落ちていることも少なくない。僕たち広告会社側から「何のためですか」と勇気を持って聞いていくことも大事ですね。

次ページ 「未来まで残っていく価値は、リアルタイムとの「ずれ」から生まれる」へ続く

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