「iemo」の成功から広告が学べること——創業者の村田マリさんに聞きに行く

興味がある分野じゃないと鼻が利かない

須田: 久しぶりにムラマリと話していて、デジャブ的にいろいろと思い出してきた。ムラマリは世の中で、「このコンテンツが新しい!」とか「このサービスがいい!」とか、見つけたときにすごく興奮するよね。そして、それをなぜ今の時代に必要なのかロジカルに説明できる力を持っている。僕は毎回、その様子に感心していた。

興奮をロジカルに説明できる力が、シリアルアントレプレナーとして、複数回起業に成功している原動力ではないかと思う。いろんな背景や気持ちを持っているメンバーがいる中で、興奮が熱としてみんなにも伝わる。そして、ロジックで説明して、みんなを納得させられるのがムラマリの強みだよね。

村田:そうかもしれないです。起業には、ネタを見つけるアンテナだけでなく、着想したことを他の人に分かるように説明資料にしたり、組織をつくるために人材を採用したり、本来分けるべきさまざまな能力が一連で必要になる。それを一人で進めるためには「何としてもモノにしたい、カタチにしたい」という熱量が重要。確かに、私は昔から「パラノイア」と呼ばれてました。

須田:シリコンバレーでも、起業家はパラノイアで、クレイジーじゃないと生き残れないと言われている。前回のこのコラムでも、広告が大人しくなっているという話をした。ムラマリは人を巻き込む力もあるけれど、コーディングもできるし、イラストも描けるから、丸投げせずにディテールにものすごくこだわっていた。

村田:そうですね、私は「プロダクトをつくりたい」という思いが強く、表現者に近いんだと思う。今回のDeNAに買収されるときも、経営者であることを一部放棄していて、その条件を詰めるときも、「経理や人事などのバックオフィスは門外漢ですので、得意な方にお預けします。そこは親会社に任せるから、プロダクトつくることに私の工数を掛けたい」と伝えました。

自分がパラノイアとして没頭できる事業じゃないと成功できないと思う。いまのiemoでテーマにしている不動産やインテリアも大好きだし、その前の会社で起こしたゲームも展示会に行ってクリエイターのインタビューをずっと聞いているぐらいに好きだった。興味がある分野じゃないと、何が伸びるのか鼻が利かない。

須田:ムラマリがサイバーエージェントを辞めて、コントロールプラスという会社を立ち上げて、Webサイト制作の受託事業からソーシャルゲームに転身を図ったタイミングが抜群に良かったと思う。もし辞めた直後の2004年にゲームに参入していたら、まだ市場環境が整っていなくて、うまくいかなかったはず。マーケットを見る目というか、どうやって時代の風を読んでいるの?

村田:事業を立ち上げるときは、その「市場の大きさ」と、「その市場におけるパラダイムシフトなどの大きな変化のタイミングはいつくるのか」という2点を探っていると思います。コントロールプラスを創業した当初は、デートスポットに関するWebメディアを立ち上げたけど失敗した。デートスポットという検索ワードで1位になったけれど、そもそも検索クエリ数が少ない市場を若気のいたりで選んでしまった。

ソーシャルゲームで成功したのは、市場の大きさはもちろん、DeNAやGREEがオープンプラットフォーム化をしたタイミングで参入できたことが大きい。iemoの場合は、スマートフォンの普及が進み、不動産などの高価格帯の商品でも若い世代がスマートフォンで探し始めるだろうという読みがあった。それが当たり、不動産に関するコンテンツが足りないなかで始めたので、すぐにユーザーが付いてきて垂直立ち上げができた。

須田:市場の大きさと、その市場の変化を見抜くことが重要ということだね。

村田:ソーシャルゲームで成功したときに思ったのが、ちゃんとブームに当てに行くとその波の力によって、遠くまでいけること。波がきているときに事業を起こしても、乗り遅れてしまう。サーフボードを持って、沖に出て、波を待っていることが大切なんだと思う。アンテナのはり方はずっと模索していて、最近、時代と合ってきたというのが今回のiemoのスピード買収につながった。2年ぐらい前から照準を定め、事業を立ち上げるのがセオリーだと思っている。

須田:そのセオリーはムラマリに教えてもらっても、すぐにできるようになるものではない気がする。情報収集術を身に着けたからといってすぐに真似できるもの?

村田:誰にでも可能性はあると思う。なんで私の鼻が利くかというと、めちゃくちゃミーハーだからです。情報感度が高いというと高尚だけど、AKBが結成したばかりの頃に劇場に見に行ったり、新しいものが大好きなんですよ。ミーハーっていうと格好悪いけど、みんなが欲しいと思う同じ感覚が私にはある。

須田:ミーハーだと事業を成功に導けるようになるということ?

村田:その可能性が高くなる。情報感度という面では、私には2人のロールモデルがいる。一人は秋元康さん。おニャン子クラブやAKB48など、大衆が求めていることに天才的に鼻が利く人。もう一人は林真理子さん。林さんの著書を読むと、彼女もミーハーさが武器だと分かる。雑誌「anan」の連載を読んでいても、タレントやダイエットの話など、主婦が飛びつきそうなゴシップを扱う。大先生にもなってミーハーさを失わないのは、素直で素敵だなと思う。ミーハーはダサいかもしれないけれど、武器になるから私は常にミーハーでありたい。

次ページ 「入社2年目で秋元康さんに直談判」へ続く

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須田伸(フェイスブック執行役員 マーケティング本部長)
須田伸(フェイスブック執行役員 マーケティング本部長)

1967年、大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1992年より博報堂制作局にてCMプランナー/コピーライターとして8年間勤務。ACC賞、日経広告賞、消費者のためになった広告コンクール金賞など受賞多数。1998年カンヌ国際広告祭ヤングクリエイティブコンペティションに日本代表コピーライターとして出場。2000年より2年間Yahoo!Japanに勤務し、初代Y Chat MCとして「インターネット市民集会 with 鳩山由起夫」など数多くのライブチャットイベントを企画実行。
2002年より2012年まで10年間、サイバーエージェントに勤務し、同社のブランドをアメーバに一新する。「サイバーエージェント/アメーバ」は、2008年度グッドデザイン賞を受賞。
勤務のかたわら日経ビジネスオンラインにて「Web2.0(笑)の広告学」を連載。2012年4月よりFacebookJapanに勤務。
著書に『次世代広告進化論』『次世代広告テクノロジー』『時代はブログる!』など。

須田伸(フェイスブック執行役員 マーケティング本部長)

1967年、大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1992年より博報堂制作局にてCMプランナー/コピーライターとして8年間勤務。ACC賞、日経広告賞、消費者のためになった広告コンクール金賞など受賞多数。1998年カンヌ国際広告祭ヤングクリエイティブコンペティションに日本代表コピーライターとして出場。2000年より2年間Yahoo!Japanに勤務し、初代Y Chat MCとして「インターネット市民集会 with 鳩山由起夫」など数多くのライブチャットイベントを企画実行。
2002年より2012年まで10年間、サイバーエージェントに勤務し、同社のブランドをアメーバに一新する。「サイバーエージェント/アメーバ」は、2008年度グッドデザイン賞を受賞。
勤務のかたわら日経ビジネスオンラインにて「Web2.0(笑)の広告学」を連載。2012年4月よりFacebookJapanに勤務。
著書に『次世代広告進化論』『次世代広告テクノロジー』『時代はブログる!』など。

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