須田:20世紀は良い広告をつくると、ブランド価値の向上に直結した時代。だけど、いまは本業しかブランド価値に貢献しないということだね。
リアルということは昔から価値があったと思うけど、リーチできる人の数が少なかった。だから、大勢の人にリーチする必要のある広告には必ずしも向かなかった。でも、今はそのリアルを体験した人が、発信者となって拡散させることでマスにもなる。
チームラボでも企業から依頼を受けて、リアルなものを制作しようとしている?
猪子:そうできたらいいなと。
マイクロソフトから広告キャンペーンのコンペに参加して欲しいという依頼があったのだけど、その時、僕たちは大分県の国東半島芸術祭でインスタレーションをつくっていた。それは、通路と広い空間により構成されていて、花がリアルタイムに描かれ続けていくという作品。
鑑賞者のふるまいに影響を受けながら、いっせいに散り枯れたり、もしくは、咲き渡ったりするんだけど、制作している途中でどうしても、ミラーの通路を作りたくなった。でも、お金が足りなくて悩んで、マイクロソフトに広告キャンペーンのコンペへの参加じゃなくて、この作品にスポンサードしてくれないか、という提案をした。
須田:コンペの依頼に来たクライアントに、自分の作品のスポンサーになってと?
猪子:そう(笑)
その作品は、大空間に映像をリアルタイムに出力する非常に処理が重い作品なので、ハードに対して自由なWindowsを使っていた。だから、マイクロソフトにスポンサーになってもらって、もっとデカイ作品にしたいって、お願いした。
そして、この作品をつくる舞台裏を撮影して、勝手にドキュメンタリーを制作してくださいと伝えた。なぜなら、僕らはWindowsが必要で、たとえマイクロソフトがスポンサーになってくれなくても選ぶもん。いまクリエイターはWindowsじゃなくて、Macを持っていなきゃだめという雰囲気があるでしょ。Windowsじゃなきゃいけない必然性のある姿を伝える方が、リアリティがあると思う。スーツを着たイケメンの外国人が「やっぱ、Windowsだよね」っていうテレビCMを流すよりも、長期的には意味があると思う。
ただオチがあって、実際にドキュメンタリーが完成したんだけど、マイクロソフトの撮影クルーが撮った映像のクオリティが高すぎて、逆にリアルに見えず、広告っぽかった(笑)
須田:なるほど、もしかしたらプロのクルーじゃなくて素人のビデオ撮影のほうがリアルで説得力があったかもしれない、ということだね。リアルなことに企業が参加するときに、必要な心がまえは何だろう?
猪子:これまでのフィクショナルな広告と違って、すべてをコントロールしようとすることをあきらめなければいけない。自分たちの意図もありながら、他の人たちのやりたいことを尊重しないとリアルなことは実現できない。