さて、もっと聞いてみよう!ということで取材したのが、フリーのCMディレクター・新井博子氏です。本業とは別にPVプロボノという、社会貢献的な映像制作プロジェクトを立ち上げて運営しています。新井さんと私とは10年以上前、数年に渡り某電機メーカーのCMを一緒に作ってきた間柄です。震災後に彼女に会った時「人の役に立つことをやりたいんです」と言いだしてびっくりしたのですが、それからあっという間にPVプロボノを開始していました。
PVプロボノは、町や村の活性化、新しい農業の取組みなど社会的な活動をする人たちのために、低予算でネット用のプロモーション映像を制作するプロジェクトです。新井さんたちの趣旨に賛同する制作者たちが多数参加しています。
この映像をざっと見てもらえば基本的なことがわかるでしょう。
制作者たちは案件ごとにチームを編成し、依頼側の要望を聞いた上で企画し、実際に制作します。ディレクターとカメラマン、エディターの三人が基本ユニットで、場合によってはこれに音楽ディレクターが加わります。進め方は、撮影して編集し仕上げていくわけで、通常のCM制作とさほど変わらないそうです。でも、もちろん予算は少ない。最小限の予算ですむように作り方を工夫します。制作者たちには、本業がある上で余った時間で取り組んでもらっています。オリエンから完成まで半年程度は余裕を見て進めるそうです。
「例えば照明は、”地灯(じあかり)“をどう活かすかがポイントになります。昼間を中心に撮影するとか、光源がある部屋をうまく使うなどです」と、新井さんが制作する上での工夫について語ってくれました。
音声は常に問題となり、難しいそうです。「カメラのマイクだけでは話す人の声が聞き取れないのでピンマイクを使ったり、いろいろ工夫します。低予算だと音声のスタッフに加わってもらえない。だからカメラマンが音声も担当したり一人何役もやるのですが、撮りながら他のこともやるのはかなり大変ですね。」
話を聞いて面白かったのは、やり方を模索するうちに“回帰”が起こっている、という点です。
「編集スタジオは予算がないから使わない、という方針だったのですが、必要な局面では使わないと難しいと最近は考えるようになりました」
そこで、旧知のポスプロであるテクニカランドにお願いして、音声や編集について相談にのってもらうことにしたそうです。
「収録した音声にノイズが多くて話が聞き取れないことがあり、テクニカランドさんにお願いしてクリアにしてもらったんです。それ以来、頼るようになり、例えばオフライン編集者に、ある部分の編集を丸々お願いしたら、私の想定以上に素晴らしい仕上がりだったんです。プロボノのようなボランティア感覚の案件だからですが、無理にお願いする分、好きにやってもらうと面白い効果があります」
ネット動画だから編集スタジオを使わない、と決めつける必要はないのかもしれません。何でもありだからこそ、これまでのやり方に戻ってみることさえありなのでしょう。編集スタジオとしても、新しい業務領域としてネット動画に新たな体系で取り組む意志はあるそうです。
東京倉庫の制作現場にも、PVプロボノの制作手法にも、少しでも良い映像をできるだけコストをかけずに作る創意工夫がみちあふれています。同時に新しいことに取り組む楽しさも充満していました。瀧さんはテレビ番組の制作現場にいた方だし、新井さんはCM制作の道を歩んできたディレクターです。ネット動画の制作ではそうした異分野の制作者たちが錯綜し垣根も越えていっています。
そこでは、映像制作全体の未来へ向かう試行錯誤が行われているのだと言えるでしょう。ネット動画の制作現場の先には、すべての映像制作の新しい姿があるのかもしれません。
今回書ききれなかったことがたくさんあるので、次回も制作について続きを書こうと思います。
境 治(コピーライター/メディアコンサルタント)
1962年福岡市生まれ。1987年東京大学卒業後、広告会社I&S(現・I&SBBDO)に入社しコピーライターに。その後、フリーランスとして活動したあとロボット、ビデオプロモーションに勤務。2013年から再びフリーランスに。ブログ「クリエイティブビジネス論」(http://sakaiosamu.com/)はハフィントンポストにも転載される。著書『テレビは生き残れるのか』(ディスカバー携書)株式会社エム・データ顧問研究員としても活動中。