【前回コラム】「僕たちはお客様と同じ景色を見ていた~お店とお客様のフラットな関係性」はこちら
今回は、ヴィレッジヴァンガードの品揃えについてうんぬん。自分が入社した頃のエピソードを交えながら、品揃えのポリシーやプレゼンテーションのポリシーについてお伝えしていきます。「ヴィレヴァンって変なものが置いてあるよねぇ」みたいなイメージがあるかもしれませんが、なぜそう感じさせるのか、その辺をすこし解き明かしていこうかと思います。当社はノウハウや考え方に属人性が強いので、個人的な見解も少なからず含まれるかもしれませんがそこはご了承ください。
なんなのこの店?~ある意味、むちゃくちゃな品揃え
当時、毎朝、店の入り口のドアが閉まらないようにビニール紐でしばるというのと、店の入り口で安いCDラジカセの音が割れる寸前のボリュームにセットするというのが自分の日課であった。
いつもかけていたのは、ジャズピアニスト、ソニー・クラークの「クール・ストラッティン」。このアルバムは、店のテーマソングと勝手に決めていた。ブルーノートから出されたジャズの名盤だ。朝は朝で良いのだが、夜なんかは、ネオン管がそうさせるのか、店頭は、ほんの少しだけNYのグリニッチ・ヴィレッジにいるかのような雰囲気を漂わせた。それもあって、自分もよくこの店の入口の階段に座って、街を行きかう人たちを見ながら、缶コーヒーを飲んで休憩した。
でも、そんな束の間の息抜きもすぐに終わり。空き缶をゴミ箱にぶち込んだら、店内へ集まってくるお客様の列にまぎれこんで自分もその流れに乗っていく。店内に入るとすぐに、大きなワーリッツァー社のジュークボックスとGE社のヴィンテージ冷蔵庫がお出迎え。その横には、吉田カバンならぬ吉田栄作カバン、コンバースならぬコンパースがあったりした。ちょっと進むと、アジア方面からいらっしゃったと思われる犬のキャラクター、ヌヌーピーグッズ。うさんくささ200%である。
さらに進むと、一変して、セレクトされた写真集やそこらの書店ではそうそうお目にかかれないカルチャー誌が50冊、100冊あたりまえで山積みされていた。BGMも、ジョージィ・フェイム、バート・バカラックと続いて、はっぴいえんどに、清志郎と、ある意味むちゃくちゃな選曲で流れていた。
何屋と言われようがどうでもいい~ヴィレヴァンの品揃えポリシー
店内では初めてご来店いただいたお客様から「なにこの店、何屋なの?何がどこにあるかわかんない」みたいな声もちょいちょい頂戴した。
頭上から無数にぶらさげられたヘビやサソリに囲まれ、床に置いてある巨大ガメにつまずきそうになりながら、川口浩探検隊のDVDを見せられ、藤原新也の「死を想え」やら、「ナショナル ジオグラフィック」の写真集を観る。まあ確かに通常で考えればむちゃくちゃだ。何屋だ?って気持ちもわかる。なのだが、こちらとしては、何屋と言われようが別にどうでもよくて、その街に住むメインストリームが少しだけ苦手なはみ出し者たちにとって居心地のよい空間であれば良いなと考えていた。
60年代にサンフランシスコのヘイトアシュベリーにサイケデリックショップという、東洋思想の本とお香、ロックのレコードとサイケデリックな服、雑貨など、ターゲットの趣向を切り口にした店があったのだが、その考え方にすこし近い。ちょっとエッジの効いたカルチャーを広く浅く扱い、一般的なカテゴリやパッケージは無視して、おのおののカルチャーの入り口、きっかけを作ってあげるのが我々の使命だと考えた。
品揃えのポリシー
「エッジの効いたカルチャーを、横断的に広く浅く用意する」