親の金を盗む、と、ルールづくりの間

その後、少年は早朝に起き、店のレジから金を盗むという愚行を2度、繰り返した。一向にバレなかった。しかし、背徳感とともに、親の顔を見ると、どこかうしろ暗い気持ちが募ってゆくのだった。
「今日はヒロキの好きなグラタンだよ」
という母の笑顔、疲れて帰ってきても、優しい父の顔を正視できなくなった。

そこで、少年は考えた。

そうだ、1万円札を盗もう。

1万円をゲットすれば、しばらくは同じ行為をする必要がなくなる。こまめに繰り返すことはリスクが高いうえ、背徳感もつのる。ならば、一発でかい捕物をやってしまったほうが、精神的に健康になるのではないか。

翌朝、少年は、思い切ってレジから福沢諭吉に手をかけた。

できるだけ小さく折り曲げ、だいじにだいじに、引き出しの一番奥にしまった。

不思議と、もう胸のドキドキは、しなくなっていた。

その日の午後。

学校から帰宅すると、
件の1万円札がパックリ開かれて、勉強机の上に。
目玉が飛び出た。

こ、ここここここ、これは……?

母が夕飯の支度をしながら、つとめて明るく言った。
「あんた、夜、お父さんから話があるから」

バレてますがな…。

ビクビクしながら夜を待つ。玉川上水に入水して死にたくなった。
そうだ、玉川上水行こう。

……と、思ったあたりで、「ただいまー」と、父が仕事から帰宅してしまった。
どどどどどどどどどうしよう。

ぼくの戦略はひとつ。
「道で拾った」とシラを切り続けること。ぼくが道で1万円札を拾い、それをたまたま自分の引き出しの中に入れていた可能性を、誰が否定できようか。

父は、「お前ちょっとここ座れ」と、ぼくを正座させた。父もまた正座して対面した。

「ヒロキ、この1万円札、どうしたんだ」
「道で拾った」
「本当か」
「本当だよ」
「嘘だろ」
「……ほ、本当なの!拾ったつったら、拾ったんだよ!!」
しばし沈黙のあと、父が値踏みするように口を開いた。
「そうか。……実は、お前は知らないだろうが、お店というのは、レジの精算というのをしていてな、毎日お金をちゃんと数えているんだ。ちょうど最近11,500円足りないんだけど、お前、何か知ってるんじゃないのか」
11,500円は、ぼくがレジからちょろまかした合計金額と、完全に符合した。
ぼくはさらに焦った。
「し、知らない!拾ったんだもん!」
「そうか……」
しばらく父は考えて、母と何事か相談した後、こう言った。
「わかった。じゃあ、こうしよう。父さんはお前を信じる」
「えっ…(や、やった!)」
「ただ、この1万円は、道で拾ったんだから、ヒロキのお金じゃないよな? 勝手に自分のモノにしちゃダメだ。……そこで、だ。この一万円は、道で幸運にも拾ったんだから、反対に、道で不幸な目にあった交通遺児に寄付しよう」

人は、意表をつき、かつ、一見筋の通った新しい提案に弱い。

交通遺児に募金する、という主張は、「ぼくの金ではない」「道で幸運 ←→ 道で不幸、の反面性」によって説得力のある提案になった。
ぼくは、賛成するしかなかった。

ま、まあいい。自分が盗んだとバレていないのなら、またほとぼりが冷めたころに、もういちどやればいい……。
32分割に折られてグシャグシャになった福沢諭吉を、しぶしぶ親父に委ねた。

一週間後。

小学校の全校朝礼。

教頭先生が言った。
「えー、今日は、朝礼の前に、すばらしい生徒を表彰したいと思います。」
ざわざわ……
「それは、中村ヒロキくんです!!」
えっ?
校長が、壇上から咳払いひとつ。
「彼は、道で拾った1万円札を、なんと交通事故で不幸な目に遭った、交通遺児に寄付してくれた、非常に心の優しい子なんです!」

心の中で、牛乳を吹いた。

えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ

「栃木県警から、お礼状が届いています。中村くん、壇上まで!」
いや、違っ……。
壇上に登る。んもう顔真っ赤っ赤である。お腹も痛くなってきた。校長はニッコリ笑い、「君はすばらしいことをしたね!」と表彰状を渡す。
もうね、振り返ると、全校生徒、大拍手。
列に戻るぼくに、友人も「ヒロキ、やったじゃん!」「すごいなー」などと拍手喝采。
いや、違うんだ、みんな。ぼくは、そんな人間じゃないんだ。
誰にも、真実を伝えることができない。
ぼくは、うつむいたまま、みんなの顔を見ることができない……。

……これ以降、ぼくは親の金を盗むことはなくなった。

父は、全校朝礼での手痛いしっぺ返しまで想像して、あのような提案をしたのだろうか? 今となっては、それはわからない。が、親父の知略のおかげで、ぼくは「親の金を盗むクズ野郎」から一発で脱却できた、と今は感謝している。
あのとき、両親がぼくを信じず「お前が盗んだんだろう」と決め込んで、ぼくを叱りつけていたら、ぼくの感情と、その後の行動は変わっていたはずだ。

ぼくが、この実体験を通して学んだことは、

・ウソはついてはいけない。絶対バレてしっぺ返しをくらう。
・お金には、清廉潔白であるべき。
・人は、意表を突いた、かつ、一見筋の通った提案に弱い。

ということ。なにより、

親父が提案したゲームに乗った結果、
問題は、最高の形で解決された。

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中村 洋基(PARTY クリエイティブディレクター)
中村 洋基(PARTY クリエイティブディレクター)

1979年生まれ。電通に入社後、インタラクティブキャンペーンを手がけるテクニカルディレクターとして活躍後、2011年、4人のメンバーとともにPARTYを設立。最近の代表作に、レディー・ガガの等身大試聴機「GAGADOLL」、トヨタ「TOYOTOWN」トヨタのコンセプトカー「FV2」、ソニーのインタラクティブテレビ番組「MAKE TV」などがある。国内外200以上の広告賞の受賞歴があり、審査員歴も多数。「Webデザインの『プロだから考えること』」(共著) 上梓。

中村 洋基(PARTY クリエイティブディレクター)

1979年生まれ。電通に入社後、インタラクティブキャンペーンを手がけるテクニカルディレクターとして活躍後、2011年、4人のメンバーとともにPARTYを設立。最近の代表作に、レディー・ガガの等身大試聴機「GAGADOLL」、トヨタ「TOYOTOWN」トヨタのコンセプトカー「FV2」、ソニーのインタラクティブテレビ番組「MAKE TV」などがある。国内外200以上の広告賞の受賞歴があり、審査員歴も多数。「Webデザインの『プロだから考えること』」(共著) 上梓。

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