待っていても、はじまらない。

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デジタル化やメディア環境の変化など、さまざまな理由により、現代のコピーライターの仕事内容や求められる役割が変わってきた。若いコピーライターや志望者からは、目指していく方向や、身に付けなければいけないスキルに迷いを感じているという声がよく上がる。そこで今回、そういった迷いや悩みのある20代の若手に向けた「コピーライター養成講座 先輩コース」の開講を記念して、講師を務める電通の阿部 広太郎氏に仕事のブレイクスルーになったことについて語ってもらった。

阿部 広太郎(電通 コピーライター)

いま僕がこうして文章を書き、
あなたに読んでもらえているのは、
「広太郎」という名前のおかげです。

2012年8月。
Facebookのタイムライン。
友達がいいね!を押したニュースが、
勢いよく僕の目に飛び込んできた。

「甘太郎は日本の太郎さんを応援しています」

え。なんだ。じっとモニターを見つめた。
名前に「太郎」と付く人は割引しますという、
居酒屋「甘太郎」の割引ニュースだった。
何度も読み返して、高揚している自分に気づく。
もう僕の心は躍りっぱなしだった。

世界で最も耳に心地よく響くのは自分の名前である。
だれもが自分の名前を呼ばれると嬉しく感じるそうだ。
ふだん特に意識することもない「広太郎」という名前を、
認めてもらえたような、励ましてもらえたような。
ふふふと心の中で笑って、とてもうれしい気持ちになった。

このニュースを広めたいと思った。
この純粋にうれしい気持ちを広めたい。
それは「いいね!」とか「シェア」とか、
限られた範囲の話ではなくて、
僕のタイムラインを飛びこえて、
もっともっと多くの人たちに届けたい。
血液がふつふつと熱くなってくるような感覚。
太郎の広告をできるのは自分しかいない。

勝手に運命を感じた僕は、
迷うことなくすぐさまコピーを書きはじめた。
「甘太郎は、太郎に甘い。太郎割」を一行目に、
わくわくしながらつぎつぎと書きはじめた。

友人のデザイナーと仕事終わりに夜な夜な集合。
わっと驚くたくらみを秘密基地で考えるように、
太郎割のグラフィックの企画を詰めていく。
もちろん僕には甘太郎にツテなんてない。
見てもらえるかどうかの保証だってない。
それでも。いやそれでも。いてもたってもいられなくて、
自分が感じたありったけの気持ちをぎゅっとつめこんだ、
まるでラブレターのような企画書を1週間で書き上げた。
そして送った。Facebookのメッセージで。甘太郎のアカウントに。

2日後に返信が来た時は、手が震えた。
自分の手で送っているのに、嘘かと思った。
「愛あふれる企画書ありがとうございます」
あぁ良かった、気持ちをこめれば届くんだ。
いつだって、いい返事ほどシンプル。
「甘太郎の店頭でポスター掲出しましょう」
とてもありがたい話で落ち着きそうだった。

次ページ 「それから数週間後、携帯が鳴った。」へ続く


cac-j

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