買う5秒前、何があなたの背中を押したのか?

もう20年以上前の話になるけれど、もし神の啓示というものがあるとしたら、あの時の僕がそうだったのかもしれない。
それは、当時CMプランナーとして一世を風靡していた電通時代の佐藤雅彦さんが、雑誌『宣伝会議』で、広告会社志望の甥っ子との手紙のやりとりを「タカシへの返事」というタイトルで連載していた時のこと。いよいよ崇クンの競合他社(!)への内定も決まり、連載も最終回を迎えることになり、佐藤さんは就職祝いのはなむけとして、次のようなメッセージを彼に贈ったのでした。

「本当は何がものを売っているのか、誰にも分からない」

イラスト:高田真弓

え? 広告の天才なのに、何がものを売っているのか分からないって?
僕はショックを受けました。でも、考えてみると、僕らは普段、何かちゃんとした理由でものを買っているわけじゃないと、その時、ふと気づいたのです。
例えば、ふらりと入ったコンビニでチョコを買ったとする。恐らく、その2分前、コンビニに入る前は、それを買うアイデアはなかったはず。店に入り、商品棚を眺め、なんとなくそれが目について、なんとなく手に取った–そんなところだろう。馴染みのメーカーだけど、商品自体の広告は見たことがないし、POPに惹き寄せられたわけでもない。買う5秒前、正体不明の何者かに背中をドンっと押され、気づいたらレジへ。

ほら、試しにあなたの身の回り、半径1メートル以内にある品々を見渡してほしい。ほとんどは、なぜ買ったのか分からないものばかりでしょ?
「本当は何がものを売っているのか、誰にも分からない」
それは、広告の天才だからこと辿り着けた、いわば“無知の知”だったのです。

7番目の動機

佐藤雅彦さんの問いかけは今日、マーケティング用語で「消費者インサイト」と呼ばれ、ようやく企業の商品開発部や広告会社などで研究が進んでいる。佐藤さんは早すぎたのだ。
でも正直、まだまだ発展途上にある感は否めない。

一説には、人々の購買動機は下の6つに大別されるとも言われる。

1「必要」Necessary——いわゆる生活必需品。もしくは安心・安全のための必要経費。
2「お得」Value——安い、おまけがある、儲かるから……という理由で購入すること。
3「好み」Favorite——嗜好品や趣味。美・健康・便利・快適・余暇……要するに生活に「+α」をもたらす消費。
4「流行」Fashion——流行りものに乗っかる構図。皆が持っているから。
5「見栄」Vanity——ブランド品や高級車など、世間体を気にしての購買。
6「義理」Obligation——仕事上の付き合いや、友情で仕方なく……というケース。

——とはいえ、実際にはこれら6つの動機に当てはまらないケースは多い。現に、先にも述べたように、僕らの身の回りには、自分でもよく分からずに購入した品々であふれている。
そう、いわば未知なる“7番目の動機”で、僕らはものを買っている。そして20年以上前に佐藤雅彦さんによって開けられたパンドラの箱は、ようやく今になって、少しずつ解明が進んでいる。
手前味噌になるけど、この度、宣伝会議から出版される拙書『買う5秒前』もその1つ。日々、正体不明の何者かに背中をドンっと押され、商品を手に取る僕らの“5秒前”に迫り、その素顔を解き明かしたもの。実際に62の購買シーンに迫り、新たな消費者インサイトの心理として、「本能」「ソーシャル」「逆張り」「ボーダレス」「シンプル」「人間力」6つのカテゴリーを導いた。

——ということで、少々、前置きが長くなったけど、本コラムは次回からいよいよ本題。まず、7番目の購買動機として新たに導き出された心理「本能」に迫りたいと思います。
ほら、あなたの背後に忍び寄り、今まさに『買う5秒前』の本を買わせようとする、アイツの正体です。

草場滋(「指南役」代表)
草場滋(「指南役」代表)

メディアプランナー。エンターテインメント企画集団「指南役」代表。テレビ番組『逃走中』(フジテレビ)の企画原案、映画『バブルへGO!!』(監督・馬場康夫)の原作協力、雑誌連載「テレビ証券」(日経エンタテインメント!)の監修など、メディアを横断してプランニング活動を行う。著書に『キミがこの本を買ったワケ』(扶桑社)、『タイムウォーカー』(ダイヤモンド社)、『「考え方」の考え方』(大和書房)、『情報は集めるな!』(マガジンハウス)、『幻の1940年計画』(アスペクト)、『テレビは余命7年』(大和書房)ほか。ホイチョイ・プロダクションズのブレーンも務める。

草場滋(「指南役」代表)

メディアプランナー。エンターテインメント企画集団「指南役」代表。テレビ番組『逃走中』(フジテレビ)の企画原案、映画『バブルへGO!!』(監督・馬場康夫)の原作協力、雑誌連載「テレビ証券」(日経エンタテインメント!)の監修など、メディアを横断してプランニング活動を行う。著書に『キミがこの本を買ったワケ』(扶桑社)、『タイムウォーカー』(ダイヤモンド社)、『「考え方」の考え方』(大和書房)、『情報は集めるな!』(マガジンハウス)、『幻の1940年計画』(アスペクト)、『テレビは余命7年』(大和書房)ほか。ホイチョイ・プロダクションズのブレーンも務める。

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