スーパーの売り場にも店舗のような温かさを
コーヒーのショッパーは、棚を見て膨大な量の選択肢を目の前にした時、最初に(おそらく無意識的に)棚割りによってコーヒーのタイプ(形状)、ブランド、カフェインレベルなどの順で自分には不要だと思われる選択肢を切り捨て、残った選択肢の中から改めて、ローストレベル、容量、値段から最終的な判断を下していました。
そして驚くべきことに、ブランドのスイッチや新製品のトライアルを検討したとしても、ショッパーが棚の前にいる時間は平均約1分でした。つまりその短い時間の中で、コーヒー売り場にいることを楽しく生産的な時間だと思わせ、コーヒーを選ぶことをただの雑務よりももっと大事で重要な役割を担う行為として昇華し、さらにスターバックスをショッパーの購買決定の最後まで残す理由と判断基準を作り出す必要があるのです。
そこで注目したのが、現在のスーパーの通路は、家やカフェで経験するような温かみ、親しみやすさがなく、情緒性に欠けていて、知覚的に得られるものが少ない状況にある点です。そして、スターバックスのブランド資産やマーケティング戦略の中から、購買意欲や好奇心を刺激する購買体験となるのに必要な要素を抽出しました。そうして様々な仮説の検証やディスカッションを経て辿りついたのは、「ショッパーとつながり、会話を感じさせる定番棚に変える」ということでした。
スターバックスにはすでに店舗で築いたブランド資産があります、そこで、スーパーの売り場でスターバックスの店舗の一角を再現し、店舗の持っている人間味を、スーパーの売り場でも感じられるように工夫しました。また、時々写真にあるランプの前にバリスタに立ってもらい、店舗で行っているようなサンプリングイベントができるようにしました。
通路側には季節やイベントごとに差し替えられるメッセージパネルやパンフレットを置くスペース、大きなタブレット端末も設置。自分の好みの商品を探せるようにしたり、コーヒーと相性の良い食べ物をオススメしたりして、コーヒー全般に関する基礎知識や煎れ方に役立つ情報が得られる場としました。さらに、什器には人感センサーが付いており、人がこの什器の前を通るとコーヒーの香りが出る仕組みにもなっています。
ショッパー・ベース・デザインでは、カテゴリーの設定やレイアウト、棚割りなどを戦略的に見直すことが基礎としてあります。そして、見直した内容を基にそれぞれの小売店の経営戦略に合わせた具体的な提案に落とし込みます。そこをクリアしてから初めて、メーカー側が自身のブランド資産やコミュニケーションを発信できると考えているのです。
今回のディスプレイも、既存の棚を半分スターバックスの什器にする理由とメリットを用意した上で、什器のデザインやデジタルツールの導入を提案し、実現に至りました。これは、小売店の経営戦略である「定番活性化」に、エンドの持つ情報伝達力を活用してショッパーを定番に誘導し、定番を活性化するアイデアが合致していたからです。
このようなアプローチは、確かに時間もコストも労力もかかります。しかし、専用什器や情報提供など、ショッパーを飽きさせない工夫をたくさん散りばめてコーヒー売り場全体の棚割りも提案したことで、「中長期的にカテゴリー全体を盛り上げていこう」というスターバックスの姿勢が小売店に伝わりました。そうして小売店はこの売り場提案を「Signature Aisle」、日本風に言い換えれば「当店イチオシ、店長太鼓判の売り場」として位置づけて展開し、コーヒーカテゴリー全体を成長させたのです。