水野 「新興ブランド」の時期は過ぎて、茅乃舎はある種、“横綱”になった。そこから、さらに連勝記録を伸ばしていくためのブランドづくりを求められたのだと思います。質の善し悪しは置いておいて、茅乃舎を模倣した商品やブランドが次々と出てきていて、河邉社長はそうなることをかねてから予測されていました。
そうした環境の中で戦うためにも、ブランドをより洗練させること、より強くすることが必要だと考えられたのでしょう。
最初にお話をいただいた時は率直に、「こんなに売れている人たちの仕事なんて、超緊張する…!」と思いました(笑)。僕が入ったことで、逆に売上を落とすようなことがあってはならないと、久原本家のこと、九州のこと、調味料のこと……徹底的に調べました。
そうする中で、解決すべき色々な問題点も見つかった。しばらくは、日々の業務の中で出てきたブランドの改善点に一つひとつ対応しながら、それと同時にブランドを表す言葉、つまりコンセプトを、河邉さんをはじめ久原本家の方々と話しながら定めていきました。
河邉 卸から小売りへと業態を変えて、「こういう商品があったらいいよね」という思いは色々あったのですが、それが言葉になっていなかった。
また、デザイン面でも多くの迷いがありました。
それらを整理していただいて、今後我々が進むべき道を教えていただいている――まさに今、その段階にあります。ここまでの一番の変化を挙げるとすると、新しいブランドマークをつくっていただいたことだと思います。
水野 実はこのマーク、「新デザインが欲しい」というご依頼はいただいていないんです。僕自身が、ブランドを強化していく上でシンボルとなる新しいマークをつくったほうがいいと考えて、自主的にご提案しました。
でもこのデザイン、なかなか出来上がらなかったんですよね。デザイナーになってから約18年、これほど悩んだのは初めてでした。
なぜかというと、これまで久原本家が行ってきたビジュアルコミュニケーション、ブランディングの方向性が、間違っていなかったから。ケチをつけるポイントがほとんどなかったんです。
商品パッケージを以前のものからほとんど変えていないのも、そういう理由です。ここで変なマークをつくったら、これまでの素晴らしいコミュニケーションを台無しにしてしまう。悩みました。
目指したのは、強くてシンプルで洗練されたマーク。そうして、この形に帰結しました。
河邉 見た瞬間、これは100年使えると思いました。我々企業にとって最も重要なキーワードは「永続」です。ですからマークも、長く使えることが大事だと思っていました。
水野さんがつくってくださったマークは、まさにシンプルイズベスト、望んだ通りのものでした。東京ミッドタウンに行くと、たくさんの方がこのマークが入った紙袋を持っていて、大変嬉しい気持ちになります。
先日は、当社スタッフがパリでこの袋を持っている人を見かけたと言うんですよ。店舗で買い物をした直後に持っているのは当たり前だけれど、別の用事で袋が必要になった時に選んでもらえるのは素晴らしいこと。商品を評価していただきたいという思いはもちろんありますが、それに加えて、ブランドの世界観・佇まいを受け入れていただけるのが理想です。
──打ち合わせではどのような話をされるのですか?
水野 月1回ほどの打ち合わせを、僕は毎回「作戦会議」だと思って臨んでいます。
河邉社長をはじめ、皆さんのお人柄だと思うのですが、「仲間に入れていただいている」という感じがします。オリエンがあって、プレゼンをして、という、よくある企業対クリエイターの関係ではなく、「こういう風に思っているんだけど、どうだろう?」「あ、それはすごくいいと思いますけれど、ここはこうしたほうがいいですよね」「そうだよね」のような対話を通じて、プロジェクトが進んでいきます。
「こんな商品がいいと思うんですけど」と、頼まれてもいないのにご提案することもあります。
商品企画なんて、それこそ毎日のようになさっているわけですから、「もう考えている」というのもあるかもしれないし、明らかにお節介なんですけど(笑)。
河邉 水野さんは、「茅乃舎」や「デザイン」という枠を超えて、例えば「ニューヨークで見たんだけど、こんなビジネスが面白いんじゃないか」といった、我々が思いもしない発想のヒントや、新しいアイデアをくださる。単なるデザインパートナーというより、マーケティングパートナーという要素のほうが強いかもしれません。
水野 例えは悪いのですが、僕の仕事は「武器商人」だと思うんです。マーケットという“戦場”で戦う企業に対して、有利に戦える武器をいかに供給できるか。アイデアに満たないアイデア、というレベルのものもありますが、河邉社長が経営を考える上でのヒントになるようなことを、ほんの少しでもお渡しできたらいいなと思っています。
クリエイティブは、経営に間違いなく貢献できます。IT企業を見ると分かりやすいのですが、今は、デザインが良い企業しか生き残れない。技術力の飽和を迎え、誰もが良いものをつくれるようになってしまったからです。
ブランドを形づくる要素として、商品の次に来るのが「見え方のコントロール」だと思います。ユーザーインターフェースを含めた機能デザインと装飾デザイン、その両方をきちんとコントロール・最適化することが、経営には欠かせなくなっていると思います。
河邉哲司(久原本家グループ本社代表取締役社長)
1955年福岡県生まれ。78年、福岡大学商学部貿易学科卒業。同年、久原調味料入社。従来の醤油の製造販売が中心の事業から、加工調味料の製造販売へと事業を転化し、精力的な営業活動で業績を伸ばす。以降、椒房庵(現・久原本家)をはじめ、素材にこだわった食品ブランドを多数立ち上げるほか、「茅乃舎」ブランドで自然食レストランやグローサリーショップを全国に展開している。
水野 学(グッドデザインカンパニークリエイティブディレクター)
1972年東京生まれ。慶應義塾大学特別招聘准教授。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。 25歳で独立し「good design company」を設立。以来、ブランドづくりの根本からロゴ、商品企画、パッケージ、インテリア、コンサルティングまで、トータルにディレクションを行う。世界三大広告賞の「The One Show」や
「CLIO Awards」の受賞など国内外から高い評価を獲得。くまモンは「2011年ゆるキャラグランプリ」受賞。
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