なぜ企業の新スローガンは上滑りするのか?――ブランディングにおける、企業の実態と理想のギャップ

言語化に求められる専門スキル

では、経営理念を策定する時のように経営トップが優先順位を高めコミットすればいいスローガンが生まれるのか。

残念ながらそう簡単なことではない。事業経営をすることと、伝わる言葉を見つけ出すことは使う筋肉が違うからだ。

言葉を見つけるには言葉のスペシャリストを起用したほうが圧倒的にいいものが生まれる確率は高い。

一般的にはコピーライターがこれに当てはまる。しかし、医療の世界に内科医も外科医もいるように、コピーライターにも得意領域がある。スキルレベルの差も激しいのが現実だ。

大病になると必死に信頼できる専門医を探すのと同じように、自社に相応しいプロを見つけ出すことが重要なのだ。この当たり前の過程を軽視している企業が多いのではないだろうか。

誰に依頼するかが決まったら、次はどのタイミングで参加してもらうかが重要である。ありがちなもったいない動き方は、伝えたいことを自社で明確にした上で、表現段階から参加してもらうという動き方だ。

これではプロの力の半分しか引き出せない。実はメッセージが伝わらない原因の半分は、伝えるための表現技術の前に、何を伝えるべきかが整理できていないことにある。

何を伝えるべきかを明確にする際には、その最初の段階から第三者の視点が入ったほうがいい。自社の伝えたいことばかりが先行し、受け手の気持ちを考えないコミュニケーションにならないようにするためだ。

「ココロも満タンに」を生み出したコピーライターの仲畑貴志さんは、この言葉に至った経緯をこう語っている。

「ガソリンを売ることで、消費者の心を満タンにできなきゃそれは本当の意味でいい企業とは言えない。だからスタンドならスタンドの、人と人との温かい心のやりとりを形にしようと思った。目に見えないけど確かに存在するそんな“実態”を言葉にして、商品に付加価値をつけたかったんです」

―つまり、コピーを生み出す前に何を言わねばならないかを考え、生活者にとってどんな存在であるべきかを言葉にしたからこそ、このスローガンが機能しているのである。

この、伝えるべきことを明確にする力を引き出すためには、それを考える段階で、パートナーとして信頼できるプロに加してもらうのがいい。

機能するスローガンに説明はいらない

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掲げたスローガンを目にする機会が最も多いのは従業員。従業員が見てピンとこないのであれば、それは実際の仕事と乖離している可能性がある。

続いてスローガンが実際に機能するかどうかを判断する方法を考える。まずは自分自身が初めて目にした瞬間に、「なるほど、これはいい!」と思えるかどうかだ。

説明がなければ納得できないようなスローガンでは、生活者には伝わらない。生活者にはスローガン策定の背景など一切説明できないのだ。それが仮にプロが薦めてきた案であっても、すっきりしないという感覚があるのならその感覚を信じ、やり直しをしなければならない。

もし自分が納得したのなら、次に検証するのは現場の従業員がどう感じるかだ。本当に機能するスローガンなら、従業員一人ひとりが自分の仕事に当てはめて自分の言葉でその思いを話すことができる。

そうしたスローガンは多くの場合、生活者に見てもらってもすっと伝わるものになっている。逆に従業員が見てピンとこないというのであれば、実際の仕事と乖離しているということなのだ。

テレビCMを数多く打つような企業でない限り、掲げたスローガンを目にする機会が最も多いのは自社の従業員である。その従業員たちが日々胸にして働くようなスローガンが生まれたら、それは企業変革の大きなきっかけになることは間違いない。

スローガンにはそれだけの影響力・可能性が秘められているのである。


紫垣樹郎(インサイトコミュニケーションズ代表取締役 クリエイティブコンサルタント)
人の心を動かすコミュニケーションをテーマにブランディング、マーケティング、インナーコミュニケーションの支援を行っている。コピーライターとしての経験と企業のブランド担当者としての経験を併せ持つ。

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