10分エントリーの法則
情報デザインの権威、リチャード・S・ワーマンは名著『情報選択の時代』の中で、こんなことを言っている。
「毎週発行される1冊の『ニューヨーク・タイムズ』には、17世紀の英国を生きた平均的な人が、一生の間に出会うよりもたくさんの情報がつまっている」
そう、現代人は情報の洪水の中で生きている。買いもの1つとっても膨大な選択肢がある。とはいえ、人が使える時間は昔と変わらず1日24時間。商品を売る側にしてみれば、その選択肢に入れてもらうだけでも大変だ。それは、限られたスペースのコンビニの棚に商品を置いてもらうようなものである。
例えば今、テレビ界は「若者のテレビ離れ」と言われる。特に深刻なのがテレビドラマだ。昔は、フジテレビの“月9”を筆頭に、連ドラが若者のカルチャーを牽引したものだけど、近ごろは週に放映されるドラマの半分が視聴率一桁という惨状。
その最大の要因は、スマホである。今や若者たちの手元にはスマホやタブレット端末があり、テレビを見ていても、常に誘惑が待ち受けている。バラエティなら、ながら見でもいいが、ある程度集中しないといけないドラマだと、これが致命傷に。結局、彼らはスマホに浮気して話が頭に入らず、次週から脱落する。
ホイチョイ・プロダクションズの馬場康夫さんが唱える理論に「高級エンターテインメントにおける10分1000円の法則」がある。例えば、レストランで2時間食事して1万2000円なら、納得して払える金額ということ。ミュージカルや芝居も大体2時間で1万2000円。マッサージなら60分で6000円。床屋だと平均して40分で4000円。逆にいえば、10分1000円を払うだけの価値がないと判断したら、人はそれを選ばないということ。
前述の「若者のテレビ離れ」とは、要は今のドラマが彼らを60分間、テレビの前に惹きつけておくだけの魅力に欠けるということだ。
だが、そんなテレビ界にあって、1つだけ例外がある。それは、NHKの朝ドラ。2010年に放映された『ゲゲゲの女房』以降、視聴率をV字回復させ、最近では軒並み20%台に乗せるなど、テレビ界で“一人”気を吐いている状況なのだ。
なぜ?
答えは、「10分エントリーの法則」である。
それは、人は10分なら、深く内容を確認せずとも、本能的に応じるという法則。例えば、会社で同僚に「30分だけ時間ある?」と聞いても「今、忙しいから」と渋い顔をされるのがオチだが、「10分いい?」と聞くと、大抵は応じてもらえる。
そう、あれも本能のなせる技なのだ。
2014年のヒット商品にフィリップスの「ヌードルメーカー」がある。うどんやそば、パスタなどの本格的生麺が、材料からわずか10分でできる優れもの。そのヒットの要因も、まさにこの“10分”という短い尺にあった。
先にも説明した通り、今の時代、人の時間を占有するのは大変だ。常にスマホなどの誘惑が待ち受けている。だが、1つの行動が10分以内で済むなら、それは“エントリー時間”として許容できる。10分なら、人は本能的に独占を許してしまうのだ。
かくして、人々は「10分なら……」と、背中をドンッと押されてヌードルメーカーを購入し、かの商品はベストセラーになった。
そう、「若者のテレビ離れ」が叫ばれる昨今、例外的にNHKの朝ドラが好調なのも、その短い尺に、人々が本能的に気を許すからかもしれない。
これ何で買ったんだろ?がスルスル分かる本 『買う5秒前』(草場滋著)はこちら
イラスト 高田真弓