顧客のニーズに応える“小回りのきく”生産体制
同社が国内生産にこだわるのには、もう一つ大きな理由がある。お客様、つまり流通・小売りの要望やニーズに合わせて商品を開発・製造できる、柔軟で小回りの利く生産体制を構築するためだ。
「身近に工場を置き、お客様の要望を細かく捉えながら、ものづくりをする。海外メーカーにはそういった対応は難しいでしょう」と内田氏。
展示会や、東京・千駄ヶ谷に2007年にオープンしたプレスルームで、アパレルメーカーのバイヤーや商品企画担当者から直接意見を吸い上げ、すばやく形にする。そんな姿勢が評価され、百貨店やアパレルメーカーからの別注品の引き合いも増えているという。
流通・小売りとのコミュニケーションは普段から重視しており、毎年一度、小売り企業の販売スタッフを広島の工場へ招き、スピングルカンパニーのものづくりの現場を見てもらう機会を設けている。
「会社同士の付き合いは長くても、店頭で実際に商品をユーザーに勧めてくれるスタッフの方が、当社ブランドのことを十分に知ってくださっているとは限らない。現場にまで、ブランド理解を浸透させ、スピングルムーヴを好きになってもらいたいと思っているんです」と内田氏は話す。
一方で、エンドユーザーとの接点はまだ少ないのが現状だという。小売り店を通じて、一般向けのオーダー会を不定期に実施したり、公式サイトやFacebookなどで情報発信を行ったり……。
「ブランドからの発信はしているものの、エンドユーザーの声を聴けているかというと、まだまだと言わざるを得ません。現在、直営店はなく、『オンリーショップ』に近い形のフランチャイズ店が全国に8店舗あります。ブランドのメッセージをより明確に伝え、世界観を知っていただく拠点として、やはり直営店を展開していくべきだと強く感じています。今後、その展開の中で、エンドユーザーのニーズも吸い上げる仕組みを確立していけたらと思っています」。
2012年には、ビジネスシューズブランド「スピングルビズ」をローンチ。革靴の伝統的なステッチダウン製法と、スニーカーの伝統的なバルカナイズ製法を組み合わせることで、一日中歩いても疲れないスニーカーのような履き心地を実現した、スニーカーメーカーだからこそ、できる商品づくりで着実に支持を高めている。
「スニーカーメーカーならスニーカーだけ、紳士靴メーカーなら紳士靴だけ。ものづくりをしていると、どうしてもそうしたルール、しがらみに捉われてしまいがちです。しかし、我々は自社の技術を生かせる商品であれば、スニーカーか紳士靴か婦人靴かというカテゴリーにはあまりこだわりませんでした。
いつも起点にあるのは、『こういうものが欲しい』という思い。スニーカーと革靴という文化の違いを超えて、ものづくりをしてきたことが、現在、ありがたいことに評価をいただけている理由なのかもしれません。メーカーは『うちの技術・設備ではこれはできない』『うちで作る理由がない』と、やれることの領域を自ら狭めてしまいがちですが、それではもったいないですよ」と内田氏。
“知る人ぞ知る”ブランドとはいえ、ある程度のコミュニケーションは必要と考えている。
「“売らんがため”の広告は必要ありませんが、ブランドを通じて当社がやろうとしていることや、その姿勢を伝えていく必要はあると思います。見れば分かる、触れれば分かる、履けば分かる魅力はもちろんありますが、説明しなければ分からないこともありますから」。
ブランドのこだわりや思想を丁寧に伝えることで、それに共感してくれるファンを、今後も着実に増やしていく考えだ。
内田貴久(スピングルカンパニー代表取締役社長)
大学卒業後、大手スポーツアパレル企業に就職。1983年ニチマン入社。1993年5代目代表取締役に就任。1997年4月スピングルカンパニーを発足。代表取締役に就任し、現在に至る。親会社・ニチマンを含めグループ企業4社の代表も兼任する。
「100万社のマーケティング Vol.2」発売
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