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マーケティングに感情をどう取り込むか
「理性が感情の奴隷である」と指摘したのは哲学者のデビッド・ヒュームですが、われわれ人間の判断において、感情と理性は実際にはなかなか切り離せません。
この「感情をどう扱うか」というテーマは、経営者の視点で考えれば意思決定の話になりますし、マーケティングで考えるならば消費者の購買における行動経済学や心理学ということになります。
特にブランド理論を学んだ人ならば、消費者のブランド認識のなかの、感情にまつわるイメージやベネフィットは常に当たり前のように考えています。また、広告クリエイティブにおいては、感情とはコミュニケーションに対する情緒的な反応のことを指します。最近では、ソーシャルメディアにおけるブランドや商品の評判に関するセンチメント(感情)分析と呼ばれる、いわゆるポジネガ判定のことなどを思い浮かべるのではないでしょうか。
感情をマーケティングに上手に活用している具体例は、やはりコカ・コーラやディズニー、アップルのような米国企業です。コカ・コーラは「甘い炭酸飲料」という特徴をアピールするのではなく、「スカッと爽やか」のような感情的なベネフィットを早くから広告コミュニケーションに取り入れています。
「スカッと」のようなコピーならば、まだ炭酸飲料の延長にあると感じますが、さらにそのメッセージをより大きな感情=「幸せ」に結び付けて、いまでは「ハッピーをあけよう」というスローガンに変えています。
広告クリエイティブの分野では、とにかく差別化させることがまず頭に浮かぶため、「ハッピー」のような一般的な言葉を嫌う傾向にあります。しかし逆に言えば、感情をマーケティングの主眼にすることは、万人から共感を得られるような共通の価値や本質的なものに向き合うことでもあります。
感情を人間が求める精神的な欲求と考えると、この考えはよりわかりやすくなるでしょう。コカ・コーラの情緒的ベネフィットは「幸せになりたい」という欲求に応えたもので、心理学で有名なマズローのピラミッドで言えば「所属と愛の欲求」に属します。ジム・ステンゲルはこれらの精神的価値はマズローの欲求のように数種類しかなく、成長し続けるブランドが追及すべき「ブランドの理想」と呼んでいます。
こうした話は、ブランド理論だけに当てはまるものではありません。消費者を起点としたカスタマージャーニーを作るときにも、場所やメディアといった物理的なタッチポイントよりも、その体験を形づくるうえで消費者が示す感情的な反応がより重視されます。カスタマージャーニーでは、これらの点を感情の起伏のグラフで表して、ボトルネックやピークポイントを探り、解決の糸口にするのです。
これだけ重要な「感情」ですが、冒頭でヒュームの言葉を紹介したように、人間が理性的にこの感情だけを抜き出して語ることはできません。消費者の情緒的な反応を良くするための手段をマーケティングの現場で具体的に考えてみても、人によって意見が違ってしまい、得てして判断しにくいものになります。