女性を“口説き落とすために書かれた本”に、女性たちが群がった
2012年夏、ある1冊のレストランガイドが話題になった。
僕もブレーンを務めるホイチョイ・プロダクションズの新著『新・東京いい店やれる店』である。
かの本、20年前にもベストセラーになった本『東京いい店やれる店』の第2弾だ。店選びのコンセプトは前回と変わらず、「味よりも、店の雰囲気」。
要は、女性をくどき落とすための店選びに徹底的にこだわったレストランガイドである。デートを盛り上げる料理のウンチクも散りばめられ、男性陣の懐も考慮してキャリテ・エ・プリ(フランス語でクオリティ&プライスという意味)の視点も併せ持つ。果たして、再びベストセラーとなった。
ところが、である。
前作と1つだけ異なることがあった。それは――意外にも女性の購入者が多かったこと。それも比較的若い女性層に。
断っておくが、女性をくどき落とすために書かれた本である。しかも序文で「35歳以上の紳士専用」と断りがされている。
それなのに、若い女性たちが手に取ったのだ。
その答えは――“裏ターゲット”。
要するに、世の女性たちは、そうやって徹底的に男性目線に武装された本だからこそ、興味を惹かれたのだ。女性を落とすために書かれたレストランガイドとは、よほどステキな店やウンチクが紹介されているに違いない、と。
そう、前作が出た1990年代半ばと、現代とで時代の空気が最も異なるのは、今は女子会などの影響で、むしろ女性のほうがレストラン情報にアグレッシブなこと。一方、世の男性陣はおしなべて草食系になっていること。
これが、世に言う“裏ターゲット”だ。
表向き、男性向け(それもR35)と謳いつつ、実は時代の変化を受けて、結果的にその対極にいるアグレッシブな若い女性を振り向かせる――。
先に挙げたVT250のケースを思い出してもらいたい。
本来はレーサーレプリカ仕様として、車体を軽くし、取り回しもラクにしたはずが――結果的に、それは身体の小さい女性ライダーにとっても理にかなうバイクになっていた。何より、時代は女性が活躍し始める80年代(ちなみに「男女雇用機会均等法」が制定されるのは1985年)。そうした時代背景もあって女性ライダーは急増し、VT250は裏ターゲットである彼女たちの絶大な支持を得たのである。
要するに、世の女性ライダーは、そのバイクを優れた商品と嗅ぎ取った。そんな嗅覚に優れた彼女たちが、モデルチェンジして女性向けにマイルドに味付けされたバイクを見て、落胆したのは想像に難くない。“裏ターゲット”の本音である。
さて――。ホイチョイの場合はどうだったか。
僕は、発売前に『新・東京いい店やれる店』の見本を著者である馬場康夫さんから見せられた時、パラパラと一読して、「これ、ひょっとしたら女性が買っちゃうんじゃないですか?」と質問した。
馬場さんは、ただニヤリと笑みを浮かべるだけだった。
イラスト 高田真弓
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