ネットで話題の「サラリーマン山崎シゲル」——お笑い芸人が1コマ漫画を描き始めたワケ

笑わせたい=喜ばせたい

そうして現在に至るまで、絵を描くことが僕のライフワークになっています。僕の毎日は、事務所に出勤して、「〇月〇日生まれの人、おめでとうございます」と題した日替わりのイラストを描くことからスタートします。「拡散希望」という言葉は嫌いだけれど、なるべく多くの人にブログを知ってもらいたい。「お誕生日おめでとう、というメッセージを一人でも多くの人に届けたいから拡散してください!」なら言いやすいのではないかという“下心”から生まれた企画でしたが、「もしかしたら待ってくれている人がいるかも」という思いもあるし、「おめでとう」という言葉で一日をスタートするのはやはり気持ちが良いもので、開始以来途切れることなく続けられています。

「サラリーマン山崎シゲル」は、2013年4月からブログにアップするようになったもの。主な登場人物は、サラリーマンの「山崎シゲル」と、その上司である「部長」。奇想天外な行動をとる山崎シゲルと、彼を優しくたしなめる部長とのほのぼのとしたやりとりが見どころです。会社勤めの経験がない僕が、なぜサラリーマンを描くことにしたのか。それは、周りの人からのアドバイスがあったからでした。同シリーズを描き始めた頃、冗談半分で、「本とかになったらええなあ」とマネージャーに話していたら、「うちに絵が上手い芸人がおるんです」と、いろいろなところに売り込んでくれていたみたいで。徐々にイラストのことを知ってもらえるようになると同時に、周りから意見をいただけるようになったんです。その中に、「もし将来的に本を出すのなら、『サラリーマン』とか『ギャル』とか、テーマを絞ったほうが見やすいのではないか」というのがあった。それで、じゃあサラリーマンを描いてみようと。登場人物に“むちゃくちゃなこと”をさせたいという、ぼんやりとしたイメージがあったので、登場人物自体は“1000年に一度の勇者”などではなく、ごく平凡な存在にしたかったんです。日常を舞台に、一見普通っぽい人が、非日常的なことをやる――そこに面白さがあるかなと思ったのです。

今年1月には、『週刊少年サンデー』での連載『レタス2個分のステキ』がスタートしました。Twitterやブログで1コマ漫画を描いているうちは、多少下手でも「僕、ベースはお笑い芸人なので」という言い訳もできましたし、「芸人なのに絵が上手い」と言ってもらうことができました。でも、少年誌で連載を持たせていただく以上、そんな意識やスキルで臨むのは、読者にも他の漫画家の方にも失礼。連載のお話をいただいた昨年後半からは、もう一度、絵の勉強をし直しています。

僕にとって、「笑ってもらいたい」と「喜んでもらいたい」はイコール。笑わせるということ以外の、人を喜ばせるための手段を鍛えてこなかったんです。だから漫画を描くにしても、“THE 少年漫画”のような、カッコいい絵を描くのは苦手だし、照れ臭い。どんな絵、漫画を描くにしても、どこかに笑いのエッセンスを取り入れたいと思っています。褒めたり煽てたり、言葉で人を喜ばせるのは得意ではないので、笑いを通じて喜んでもらいたいんです。

それこそ、面白いことは意識しなくても思いついちゃうんですよ。大阪でコンビを解散して、一時お笑いから遠ざかっていた時期には、自分が日々思いついてしまったことをどう処理したらいいか、どこで発散したらいいか、と悩んだくらいです。考えたことを表現する手段としての漫画やイラストが、ようやく人に見せられるレベルになってきたことが嬉しい。もちろん賛否両論がありますが、それは多くの人の目に触れるようになった証拠でもあると、前向きに捉えています。

表現の手段は、お笑い、漫画、イラスト以外にも、まだまだたくさんあるはず。面白いことを考えるのは好きだけれど、それを表現する方法としてマイクの前に立つのは、僕にはあまり合っていないのだと思います。でも、ペンを持つようになってからは、歯車がうまく噛み合った感じで、自分にとって生きやすいところをようやく見つけたという感覚がありました。今後もそういう表現方法との出会いがあれば、ジャンルを問わず取り組んでみたいなと思っています。


田中 光(たなか・ひかる)
京都府出身。京都精華大学芸術学部版画学科を中退し、お笑いの世界へ。幼なじみと「ゼミナールキッチン」というコンビを結成し、大阪よしもとで10年間活動した。活動の場を東京に移し、「アボカドランドリ」というトリオを結成、現在はピン芸人「タナカダファミリア」としてグレープカンパニーに所属。「サンドウィッチマン」の後輩。著書に『サラリーマン山崎シゲル』『ドクター中島の世界征服』(いずれもポニーキャニオン刊)。

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