※この記事は広報会議2015年5月号(10周年記念号)に掲載されたものです。
4月18日からNHKで放送が始まる横山秀夫さん原作のドラマ『64』で、地方県警の広報官・三上義信役を演じたピエール瀧さん。役柄を通じ記者との駆け引きや組織間対立に翻弄されるという、広報なら誰もが共感する苦悩を経験したピエールさんが感じた“広報担当者の悲哀”とは─?
地方県警の広報官役を熱演
地方県警の広報官とは、新聞記者にとって“育ての親”のような存在だ。記者の多くは、入社してすぐ地方支局に配属され、警察幹部に“夜討ち・朝駆け”を繰り返す事件・事故担当を経験しながら、取材のイロハを学んでいく。そんな新人記者たちにとって、最初の取材窓口である県警の広報官は、記者と広報という関係性ではありながらも、仕事の厳しさや楽しさを教えてくれる頼もしい存在なのだ。
相手の目をじっと見つめ、一つひとつの質問の真意を考えながら答えるピエール瀧さんからは、どこかそんな、厳しさの中にも愛がある、地方県警の広報官の雰囲気が漂う。
「警察広報に対するイメージは、正直なところなかったです。ただ、公的機関でいえば、東日本大震災発生時の枝野幸男官房長官(当時)の会見はテレビで見ていました。テレビを見ている僕らは『どうせまた言えないんでしょ?』と簡単に野次ってしまうけど、会見する側は実はその数倍の情報を精査している。リアルタイムで情報を取捨選択し、立ち振る舞うというのは至難の業なんでしょうね」。
県警広報官という役を演じるにあたり、実際にある地方県警の広報室や記者クラブを訪問し、広報官や記者から話を聞いた。中でも記者クラブの様子は強く印象に残ったという。
「『こういう人たちが情報を取りに、夜中に家にまで押しかけてくるんだな』と興味深かったです(笑)。広報官はそういう連中に囲まれて、日々その場をこなさないといけない。記者と広報とは敵対とまではいかないけれど、お互いに『あの野郎』と思うこともある(笑)。求めている利益の質が違うんだな、というのは感じましたね」。
常に“困っている”役
警察組織内部の対立に翻弄されながらも、唯一外からの目を持つ、組織の“窓”たる広報官としての使命をまっとうしようと奮闘する主人公・三上を演じた。
「三上はすごく正義感が強い。その正義感はこのキャラクターの柱に据えて演じましたし、僕自身も好きなところです。僕は人には譲れない、自分の生きる柱みたいなものが、その人の正義感だと思います。そういう意味では、僕の中にも通ずるものがあるかもしれません。ドラマの中でも、刑事部や警務部、記者それぞれの譲れない“正論”がぶつかっていく。広報官はどちらの言い分も分かるので辛いですよね」。
社内とメディア、または社内の組織の間で板ばさみになるという、広報パーソンなら誰しも経験がある境遇に、共感をおぼえる広報担当者は多いのではないか。
「三上は1人では解決できないような難題が次々と起こり、基本ずっと困っている。僕も主演の話が来て、広報官の仕事も知らないし、『刑事部と警務部がもめているって何のこと?』と困ったので、その点では三上の気持ちがよく分かりました(笑)」。
「全部は伝わらない」から始める
広報官の役を演じてみて、広報に必要な素質は、“疑り深さ”だと感じた。
「例えば、記者が何かを聞いてきても、額面どおりに受け取ってはダメで、『この言葉の裏には何があるのかな』ということを一度考えるべき。三上は元刑事ですべてを疑ってかかるので、広報ができたのかなと思います」。
自身もミュージシャンや役者として“伝える”ことを仕事としている。だからこそ、自分の思いを人に正しく伝える難しさを感じている。
「僕はいつも『伝えたいことがあっても全部は伝わらない』と思っています。取材で熱い気持ちを伝えても、記事を見て『全然伝わってないじゃん』と思うこともあります。でも、伝えることに誤解と勘違いはつきもの。『すべては伝わらない』というところからスタートすれば、力の入れ所もおのずと決まってきます。よく謝罪会見をテレビで見ますが、定型化してしまってあまり伝わってこない。誰か“新しい謝り方”を開発すべきなんじゃないかなと思いますよね(笑)」。
最後に、『広報会議』の読者へのメッセージをお願いしたところ、ピエールさんらしいエールを送ってくれた。
「僕はドラマで演じただけですが、実際に広報を仕事としている皆さんは日々ロデオに乗ったような状態なんでしょうね。広報って、形にならない仕事じゃないですか。発信した情報で誰かが何らかのアクションを起こしても、広報による効果だとはっきり分かることはない。だから『自分は役に立っているのか』と自問自答してしまう、実感が伴わない部署ですよね。かわいそうに(笑)。でも僕は、必ず役に立っている人はいると思いますよ」。