あえてお祭りをやらずにファンを獲得した書店
2011年12月5日、代官山に新たなスポットが誕生した。
「代官山 蔦屋書店」である。
駅から少し離れた旧山手通り沿いの閑静な住宅街に、その白を基調としたモダンな建物はたたずむ。コンセプトは「森の中の図書館」。店内は柔らかな自然光が射し込み、明るい。本の置き方も他所と違い、例えば「東京の散歩」に関する本が、新刊本も新書も文庫本も図鑑も、同じ棚に陳列してあったりして、思わず手に取りたくなる。店内各所にはコンシェルジュなるスタッフがおり、例えば「自転車が出てくる話」みたいな漠然としたオーダーでも、たちどころにおススメの本を提案してくれる。
だが、一つ不思議なことがあった。僕はオープン初日の午前中にそこを訪れたのだけど、なぜか店の入口に開店を知らせる看板も、お祝いの花も飾られていなかったのだ。しかも、お客の数が少ない(僕は関係者から今日のオープンを聞かされていた)。まぁ、その分、こちらは余裕をもって店内を散策できるから、ありがたかったのだけど——。
2階に上がると、噂に聞いたラウンジがあった。壁面の棚には『アンアン』や『ポパイ』、『暮しの手帖』などの有名雑誌のバックナンバーが並び、ソファーに腰掛け、コーヒーやお酒を飲みながら、それらを自由に読むことができるスペースだ。訪れる前は、オープン初日なので混雑して座れないだろうと覚悟していたが、席には余裕があり、僕は空いているソファーに腰掛けることができた。
結局、この日の訪問は終始、快適なものだった。思いのほか店の隅々まで堪能できた。僕はこの店がすっかり気に入り、また来たいと思った。
——後から知ったが、あの日、僕が快適な思いをしたのには理由があった。代官山 蔦屋書店は、敢えてオープンの告知を控えたのだ。マスコミ等を招いての内覧会もやらなかった。いわゆるサイレントオープン。それはひとえに、オープンによる混雑を避けるためである。
そう、これも“逆張り”。
同店のターゲットは、“プレミアエイジ”なる団塊の世代前後の人たちという。彼らに店のファンになってもらうには、快適な状態の店を探訪してもらうのが一番。しかし、大々的にオープンを告知してしまっては、大挙して人々が押し寄せ、探訪どころではない。
世にお祭り騒ぎが好きな人たちはいる。でも、彼らはお祭りが終わると、消えてしまう人種。一方、この店が求めるのは店と長く付き合ってくれる人たちである。彼らの背中を押すには、敢えて“祭り”をやらないことも肝要なのだ。
あの日、たまたま店の前を通りかかって来店した客の中には、その晩、ブログやSNSに感想を書き込んだ者もおり、それが口コミとしてジワジワと同好の士の間に広がり、2週間もすると、代官山 蔦屋書店は想定ターゲットであるプレミアエイジをうまい具合に取り込んでいた。
逆張り、大成功である。