第1回:マーケターは「体験」の価値をどうとらえている?——キリン「一番搾り」のブランドマネージャーに聞く(前編)
今年も渋谷に「一番搾りガーデン」がオープンしました。2012年の「一番搾りフローズンガーデン」から続くこの企画は、キリンビールのフラッグシップブランドである「一番搾り」を体験できるショップとして多くのお客さまに楽しんでいただいてきました。
この「一番搾りガーデン」がどのようにできあがっていったのかを、僕の単著「体験デザインブランディング〜コトの時代の、モノの価値の作り方」でも、1章を使って紹介させていただいていますが、今回のコラムでは、そのプロセスをクリエイティブディレクターの視点ではなく、企業のブランドマネージャーがどのように取り組んだのかという視点で書いていきたいと思います。
企画にご協力いただいたのは、2010年9月から2014年12月まで「一番搾り」のブランドマネージャーを務め、僕が尊敬するクライアントでもあるキリンビールの門田邦彦さんです。
タッチポイントを重層的に
室井:そもそも、なぜ「一番搾り」でこの様な体験施策に取り組もうと考えたのですか?
門田:「一番搾り」は1990年に発売されましたが、以後“嬉しいビール”として、お客さまにビールを飲む歓びや楽しさを提案し続けてきたブランドです。テレビCMで食とビールを連動させた提案を始めたのも「一番搾り」が最初でしたし、ぽりぽり一番(一番搾りの麦を使ったスナック)といった素材を食べて楽しむ体験や、ビールが2時間ぬるくならない魔法のジョッキでバーベキューをしながら冷たいビールを飲む楽しさの提案。カラフルで楽しいビアカクテルの提案等、ビールの味を美味しくすることはもちろん、飲み方や楽しみ方を提案してきました。
そういったDNAをもった「一番搾り」だからこそ、飲み方や楽しみ方の提案を、リアルな体験を通して訴求できる場を持つ必要があると思っていました。
室井:「一番搾りフローズン<生>」は、家でも体験できるミニフローズンサーバーをベタ付けのキャンペーンで展開しました。「一番搾りフローズン<生>」を飲むという体験自体はキャンペーンだけでも提供できますし、コンセプトショップを展開しなくても十分に販促力のあるネタだったと思います。それを大きな投資をしてコンセプトショップでのビール体験にまで発展させた理由を教えて下さい。
門田:まず当時の時代背景として、震災後で世の中が自粛ムードで少し暗かったということがあります。料飲店の売り上げも不振が続きました。そんな時代だからこそ、楽しい場をお客さまに提供して、世の中に少しでも笑顔が生み出せたらといいなと思いましたし、それはメーカーがやるべきことだとも思いました。
また当時はスマホが普及しはじめ、SNSが生まれ、生活者自身が手軽に情報発信・共有ができるようになった頃でした。「一番搾りフローズン<生>」という強い体験コンテンツとお客さまの情報拡散力がマッチすれば、想像以上の話題化が期待できると思いました。
そして、コミュニケーションの構造として、タッチポイントを重層的にしていくことが必要だと思っていました。いまだにテレビは強いと思いますが、現代はお客さまにとっては情報が溢れすぎている時代。メーカーはコミュニケーション戦略を重層的に組まないとブームを生むことはできないのでは、という仮説を持っていました。その様々なタッチポイントの一つがコンセプトショップでした。これらの複合的な理由から、タッチポイントとして強い情報発信力を持つ体験型のコンセプトショップが必要だと考えるに至りました。