優れた企画書をお手本に——基礎をつくってくれた師匠たち
新入社員時代、僕はどうすればプレゼンで企画が通るのかまったく分からずに悩んでいました。そこで2CD局でプレゼンがうまいのは誰かと聞いたら、ほとんど全員がクリエイティブディレクターの増田良夫さんだろうと言うんです。それで、初対面でしたが本人に会いに行き、古いもので構わないので企画書をもらえませんかと頼みました。増田さんは照れたように笑って「見せるほどのものじゃないよ」と言って企画書はくださらなかった。そこで増田さんと仕事をしたプランナーの方にお願いして、ある化粧品会社の企画書を譲ってもらうことができたんです。
その企画書は、A4で厚さが2センチほどもありました。社会状況、トレンド、マーケット分析、商品コンセプト、メディアプラン、プロモーションプラン…。ありとあらゆることが書かれているのを見て、口紅1本を売るために、人間がここまで考えられるのかとショックを受けました。それ以降、仕事が来るたびに、増田さんの企画書の型を取り入れるようにしました。そうしたら、プレゼンが分かりやすいとほめられるようになったんです。
もうひとり、僕のプレゼンのベースをつくってくださったのが、ある大手電機メーカーの宣伝部の方です。当時その宣伝部は競合他社と組んで素晴らしい仕事をしていて、どうしても歯が立ちませんでした。中でも宣伝部のその方は「電通嫌い」との評判を持つ方でした。新人の僕は、どうやったらいいプレゼンができるか教えを請うたんです。すると、ある部屋の鍵を渡されて、そこで1時間考えるように言われました。
その部屋はこれまでスタークリエーターたちが作ったプレゼン資料が大量に格納された書庫でした。
1時間、かたっぱしから資料を見て部屋から出ると、その方がある企画書をくださった。そして、「いいプレゼンは結論が1行になっていないといけない。それから実際に商品を売る営業の気持ちを考えなければいけない。営業を動かすような表現かどうか、結果を1行で表現できるかどうかをチェックしていれば、素晴らしいプランナーになれる。だから頑張れ」と言ってくださった。僕はそれ以来、その企画書に載っているコピーの文字数からレイアウトまで、愚直なまでにまねをして、完璧にその「型」をマスターしました。優れたものをそっくりまねることは基本中の基本だと思います。
当時のそのメーカーは強者ぞろいでした。僕は入社から約10年間、ひとりでその企業のラジオCMを担当していました。ある時、その企業の代表商品の開発責任者だった方から招集がかかりました。「これから3年間、うちのAV部門から優れた新技術は出ない。しかしライバル社とのビジネス商戦には圧勝するように」とおっしゃるので、優れた新技術がないのにライバルに圧勝するというのは矛盾でありませんか?と言ったんです。そしたら「矛盾を突破するのがクリエイティブだ。それができないヤツにクリエイターを名乗る資格はない」と言われました。その後様々な仕事をご一緒しましたが、この方には全く歯が立ちませんでした。