正直に向き合い信頼を築く——クライアントとの真剣勝負
クライアントの中でも、一番驚かされたのはある大手流通企業の社長です。その企業のCMは最後に社長がチェックしてオンエアになります。初めての試写の日、社長が映写機の真後ろに座られたので、「そこは見えにくいので、こちらのお席にどうぞ」と言ったんです。すると会議室が凍りついた。私は社長に命令した初めての人物になったわけです。しかも、その試写ではパッと映写した途端、その社長が「誰がこんなひどいものを作ったんだ!」と立ち上がって怒鳴られて。「いいと思ってるのか!」「いえ、思ってません」「そうだろッ。今すぐ作り直せ!」と、ドカンとドアを蹴るように出て行かれた。
これはもう二度とお目にかかることはないだろうと思っていたら、役員の方から「社長がうちの仕事を続けてほしいと言っている」と電話があったんです。驚いて理由を聞いたら、「あの人たちは、ひどいと言われた時に一言も言い訳をせずに認めた。すごく信用できる人たちだ」と言われたそうです。言い方は気をつけなければいけませんが、どんな時も本当のことを言うことが大事なんだと思いました。
また、ある大手小売企業の会長にお会いしたのは12年ぐらい前、ちょうどその企業の売り上げが急落して、マスコミが“先行き危うし”という論調になっていた時でした。僕は会長に「急落した収益を数年で5000億円まで盛り返すとおっしゃられているが、それは無理だと思う」と切り出して、その理由を話しました。そして大まかな戦略や具体的な計画を話したところ、その会長は僕をコンサルタントとして副社長待遇で招き入れてくださいました。
それから1年3カ月、色々な対策を行っていったのですが、結局僕はひとつも成果を出せませんでした。そこで、成果を上げられなかった原因を分析して、50ページぐらいのレポートを提出しました。僕の責任も、僕の責任でないものも入れました。それがあったから、会長は僕を信用してくださったのだと思います。その会長は失敗をまったく恐れていませんし、失敗した人を責めることもしません。会長が叱るのは、失敗からの学びがない人です。会長は後に、レポートの中で提言した改革を認めてくださり、実行されてサプライチェーンのクオリティーとスピードを倍くらいに上げられました。
営業は優れたゼネラルプロデューサーたれ
電通の大先輩の吉田秀雄社長は、話したことをそのまま口述筆記すると原稿になって出版できるといわれた人です。僕が一番印象に残っているのは、「本質を知れ」という講演を幹部会で営業に向けてした時の記録です。その中で、「電通の社員同士がクリエイティビティーについて議論しなくなったら、この会社は衰退する」と言った。営業に向けて言われたことがすごいなと思いました。クリエイティビティーが関係するのはクリエイティブ局だけではない。人事でも総務でも営業でも、これまでよりもっと良くなるやり方はないかと考えなくなったら、この会社は終わりだということです。
若い仲間をひとり紹介します。関西電通にいた敏腕営業マンの彼とは、15年ぐらい前に戦略営業で関西や中部を回っている時に知り合いました。
ある時、彼が担当するクライアントについて「白土さん、役員室の扉を開けることができますか?」と聞かれました。役員の方々が、会長からの全事業見直しの指示に対して、何をすればいいのか分からずに困っていると聞いたというのです。ドアを開けるのはいいけれど、自分は担当にはなれないよ、と伝えました。すると彼は「ドアさえ開けてもらえば、自分が本当の悩みを聞き出して、後はなんとかします」と言うんです。
お世辞じゃなく、電通は営業の会社であり、営業は優れたプロデューサーだと思っています。それも、社会をどう見て、どういうテーマで誰に何をやってもらえばいいかを全部決めていくゼネラルプロデューサーです。長い時間軸で考えられて、視野が広く、深い経験値を積んでいける人。そして、失敗した時には「ごめん」と謝る勇気を持ち合せたゼネラルプロデューサーが営業にいてくれたら、クリエイターはどんなに大きな仕事でも恐れずに取り組むことができます。