「誰が電通人をつくるのか」――白土謙二 最終講演

知的好奇心とチャレンジ精神が原動力になる

ライバルの存在は励みになります。HAKUHODO DESIGN社長の永井一史さんとは、僕がボランティアでやっているNPOやNGOのキャンペーンで何度かご一緒してきました。

ある時、永井さんが私との対談の最中に、「白土さんは完璧に博報堂です。明日転職してきても何の違和感もなく仕事ができますよ」と言われたんです。僕の企画書の型のベースのひとつには、確かに博報堂の企画書があり、僕は“ひとり博報堂”をずっと自称してきたほどです。博報堂はマーケティングとクリエイティブがチームで動きますが、僕はそれをひとりでやっているという意味です。そういういきさつを一切知らない永井さんが認めてくれたのは、本当にうれしかった。

型があるからプロなんです。亡くなった歌舞伎俳優の十代目坂東三津五郎さんが言っていました。「歌舞伎は伝統芸能ではない。伝承芸能だ」と。伝統的な型を身につけ、それを乗り越えて型を破り、そしてそれらをまた受け継いでいく。それがプロなのです。

映画製作・配給会社のあるディレクターはものすごくアタマが切れる。その方が、僕のことを茶化して「白土さんは広告界のガンジーです」と、クライアントに紹介したんです。ヘアスタイルや風貌が似ているからでしょうか(笑)。そのクライアントが僕に色々な要求を出すんです。僕はそれを真面目に聞いてメモをとります。でも、試写を見ると全然直っていない。クライアントが「白土さんは謙虚だけど、要求したことを何もやってくれないんだよね」とその方にこぼしたんです。そしたら、「だからガンジーだって言ったでしょう。無抵抗だけど服従はしないんですよ」と。本質を見抜く目を持った方だと思います。

大手飲料メーカーで90年代に名物宣伝部長として活躍されたある方とバーでご一緒しているとき、「白土さんは僕と話をするとき、電通の利益を計算して発言しているんだよね?」と聞かれたので、僕は入社以来一度も社章をつけてクライアントに伺ったことがないという話をしました。「自分は普段から御社の商品を買いますし、他社とも比較します。常にふつうのお客さまの代表としてクライアントを訪ねているつもりなので社章はつけないのだ」と説明しました。

どんなに偉大な会長や、神様みたいな社長でも、お客さまには勝てません。「私はお客です」と言えば、私に「ふざけるな!」と言える社長はひとりもいないはずです。

最後に、私のゼミの先生で立教大学の総長にもなられた尾形典男先生を紹介します。尾形先生には思考の型を教わりました。政治思想史のゼミで、文献を読み、それに対する考えを発表して議論するという内容でした。先生から教わったのは「もっと自分のアタマとコトバで考えろ」ということです。著者が正しいことを書いているとは限らない。まずは疑って、そこから自分のアタマとコトバでよく考え、実際に試してみて本当に良かったことだけ取り入れることを教わりました。

電通入社後も、尾形先生の教えを守り、どんなに素晴らしい教えでも、自分で試してみて、良いと思ったものだけを「実戦知」として取り入れてきたつもりです。

自分には才能はありません。だから、人と会って、その教えとエネルギーを得て、それを指針にしてやってきました。たくさんの人に会って、物事がなぜそうなっているのか、自分の目で確かめてきました。頼まれもしないのに提案に行くおせっかいもしてきました。それでも僕のエネルギーはまだまだ小さい。多くの先達を見ていると、異能の人というのは、色々なカテゴリーにものすごい知的好奇心を発揮していたなと思います。

残念ながら、そういう人たちは少しずつ少なくなっています。けれど、そういう人たちがいたということを、ぜひ忘れないでほしい。たくさんの方々に支えられて、僕は興味があることを思いきりやってこられました。皆が多様なチャレンジをすれば、それはお互いへの知的な刺激となり、もっと面白いことができる会社になっていくはずです。それぞれがひとつのジャンルでいい、知的好奇心やチャレンジする気持ちを忘れないで、頑張っていただきたいと思います。

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白土謙二(しらつち・けんじ)
1977年立教大学法学部政治コース卒業。同年4月電通入社。以来約20年間、クリエイティブディレクター、CMプランナー、コピーライターを勤める。同時に、企業の経営・事業戦略からブランドコミュニケーション、商品開発、プロモーション、店舗開発、イントラネット構築、CSR活動、企業カルチャー変革まで、広汎なビジネス領域を戦略と表現の両面から、統合的にコンサルティングを担当している。カンヌCMフェスティバル銀賞を始め、広告賞受賞多数。2015年3月31日電通を退社。


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