書店B&Bの経営は「毎日がマーケティング道場」である(ゲスト:嶋浩一郎さん)【後編】

強気なのか?弱気なのか?幸福書房の謎

権八:おしゃれなインテリア雑誌か何かで、嶋さんのご自宅の写真が載っているのを見たことがあるんです。すごいですよね、本の量が。もう玄関から廊下からリビングから、壁全部に。

嶋:それも大問題になっていて、僕は新聞も捨てるのが嫌なんですよ。プリンテッドマターに対する愛情が半端なくて、雑誌や新聞をつくった人の気持ちを考えると、これはそう簡単に捨てられないと、どんどん増えていっちゃうんですよ。いま家に2万冊ぐらいあるんですけど。これはだいたい私鉄沿線の駅前の本屋さんぐらいの量ですね。

一同:

嶋:それで嫁が、「ありえない」と。とにかく100冊捨てろという指令がくだって・・・。本当に身を切る思いで1週間かけて100冊を選んだんですよ。

中村:2万冊の中から。

嶋:その100冊を古本屋さんに売ろうと思って玄関に置いておいたら、また嫁が激怒していて・・・。「なんで怒ってるの?」と聞いたら、100冊の本のうち98冊は嫁が買った本だったんですよ。

一同:爆笑

中村:それは怒りますよね(笑)。

嶋:でも、僕は純粋に「どの本がいらないか」というピュアな気持ちで選んだわけですよ。

権八:ジャンルはどういうものが多いんですか?

嶋:濫読ですね。基本的になるべく知らないことを知れたらうれしいので、全然関係ないジャンルの4、5冊を並行して読みます。そうだ、このラジオを聴いているみなさんにぜひ行ってほしい本屋さんがあって。代々木上原の幸福書房は本当に素晴らしい本屋です。

中村:どう素晴らしいんですか?

嶋:強気なのか、遠慮しがちなのかそこがよくわからないんですけど、おすすめの本は必ず2冊並べて置いてあるんですよ。「あ、これ売りたいんだな」というのが、ポップはないけど2冊並べて置いてある。だけど、その本が「自動販売機の歴史」とか、「冥王星の本」とか、「マラリア克服の人類の歴史」とか、これは誰が読むんだろう?という本がいっぱい置いてあって・・・つい買っちゃうんですよね。

権八:買っちゃうんだ(笑)。

嶋:ついつい買っちゃうんですよ。自分に買われるために本が幸福書房で待っているわけですよね。もう一店、何が何だかわからないまま買っちゃう本屋は南阿佐ヶ谷の杉並区役所のすぐ近くにある書原(しょげん)という店で。ここはやばいです。

澤本:どうやばいんですか?

嶋:気がつくとか買うつもりのない本を買ってしまうわけです。棚の作り方がカオスで、世界史の本でキリスト教の歴史の本があると、その近くに修道院がつくるワインの本があって、その近くにチーズの本があって、店全体がシームレスにつながっているわけです。一冊の本から始めると全然ちがうところまで連れていかれちゃうわけですよ。

中村:バタフライエフェクト(編集部注:ある変化が次々と別の変化を引き起こしていくこと)みたいな。

嶋:まさにバタフライエフェクト本屋ですよ。最初は買うつもりがなかった本を次々に買ってしまうという。でも、本屋はアマゾンとか、いわゆるデジタルで買う本屋とは違いますよね。買う本が決まっていればデジタルで検索すればいいわけで、本屋は買うつもりのなかった本を見つけるためにあるわけですから。

澤本:「出会いの場」と言いますもんね。

嶋:それが一番発揮されるのが都内でいうと書原ですね。ちなみに、書原は最後にトラップがあります。

中村:トラップ?

嶋:「これはしょうがない」と思って10冊ぐらい買っちゃうわけです。その本を持ってレジに並んでいると、レジの横に待ち構えている軍団がいるんです。でも、なぜそれをレジ横に平積みしているのか全くわからなくて、たとえば夏になると「メダカの飼い方」みたいな本がレジ横に置かれていて・・・

権八:それを買うんですか?

嶋:だって、待ってたんだもん(笑)。他にも、「校正記号の書き方」や「電車の運転の仕方」みたいな、それどれだけの人が買うの?という本が「助けて~」みたいな感じで待っていると、「わかった、わかった。買ってやるよ」という感じでつい買っちゃったりするんですよね。

次ページ 「本屋B&Bでは書店員がビールを注いでくれる」に続く

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