野球で考えてみると、1回表の「絶対勝つぞ」と、9回裏の「絶対勝つぞ」は意味も重みも違う。同じ言葉でも、かけるタイミングで全く異なった反応になります。
試合展開が劇的であったり、勝ち試合であると、たいていの言葉で盛り上がります。しかし凡打続きの試合や完全な負け試合となってくると、簡単な言葉では盛り上がらず、言葉のかけ方には特別な工夫が必要になってきます。
例えば、9回の裏の攻撃、0-15で負けており、一方的な試合展開で勝利は絶望的であると諦めた観客が帰りかけた場面を想像してください。その際に声援を最大化できない学生注目の例は、
「野球は9回からである。まだなにがあるか分からない。今から16点とればいい。絶対勝つぞ」などだと思います。
もう勝てないと思っている観客の心に、その声では届かない。甲子園のように、すべての人が最後まで勝利を強く願う場面では有効でしょうが、リーグ戦など、負けが許される場面では厳しいものがあります。では、声援を最大化できる学生注目は何かと言うと、わたしが今まで経験したなかでこのようなものがありました。
「我々はなにも野球の試合を観に来た訳ではない。懸命に戦う野球部の仲間を応援しに来たのだ。この気持ちはたとえ負けそうな場面でも揺るがない。最後の最後まで声をだして、一緒に戦ってほしい。」これは春日部高校応援指導部の先輩が、9回の最後の攻撃でスタンドで発した言葉です。
この場合、観客の視点を「勝敗」から別のものにずらしています。この「視点をずらす」という特別な工夫こそが、学生注目において実は最も求められるテクニックなのだと思います。
人は当然のことを言われるよりも、心の中で密かに思っていたことを指摘されることに驚きと感動を覚えます。ハッとして、たしかにそうだと納得する。観客が気づいていないきっかけを与えることで大きな声援を巻き起こし、選手へ力を与えることができます。
つまり、学生注目は「それぞれの時点で観客がなにを求めているかを把握し、最も効果的な言葉を考えて声にして届けること」なのだと思います。
実際の広告論文は、この学生注目と、リアルタイムマーケティングを持ち出して、広告を論じる構成になっています。
リアルタイムマーケティングとは、「その時点で顧客がなにを求めているかを把握して、最も効果的な情報を送るマーケティング手法」と定義されており、根底の考え方は学生注目と非常に近いものがありました。
広告業界はカタカナや難しい業界用語が多く、分かりにくいものですが、その根底にある想いは人の心を動かすことであり、それは学生注目という応援活動に通じるものがあるのではないでしょうか。
今回、私が作らせていただいた早慶戦ポスターも、この学生注目の言葉を意識しました。「慶應には、ビリギャルという言葉がお似合いである!」「そうだー!」「早稲田は、ハンカチ以来、本当にパッとしないと思う!」「そうだー!」これはまさに学生注目のやり取りです。広告コピーは、この規模がもっと大きくなったもの。消費者に向けて何を言えば、「そうだー!」と感じてくれるか。何を言えばしらけてしまうのか。その原点を、こうした言葉の掛け合いに見つけました。
コピーを書くときに、漠然と消費者に向かって書くのではなく、具体的に個人を思い浮かべて書きなさいと習いました。この学生注目と、全く同じ考え方です。目の前にいる人が「そうだー!」と言いたくなる言葉を考える。共感を呼ぶ言葉を考える姿勢は、応援部もコピーライターも、共通するところがあると感じました。
以上で第2回目のコラムは終わりです。最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。次回はコピーライター養成講座「先輩コース」について書きます。よろしければ、またご覧ください。
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近藤雄介
電通 第5CRP局 コピーライター
1991年生まれ。埼玉県南埼玉郡宮代町出身。埼玉県立春日部高等学校、慶應義塾大学文学部人文社会学科社会学専攻を卒業。高校大学の7年間を応援指導部で過ごす。大学では文化麺類学を学び、ラーメン二郎三田本店で働きながら卒業論文「ラーメン二郎研究」を制作した。2015年に早慶戦ポスターを制作し、話題になった。2014年JAAA懸賞論文新人部門ファイナリスト。宣伝会議コピーライター養成講座先輩コース第1期生。現在上級コース受講中。
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いまでも多くの有名クリエイターを輩出している本講座。幾度かの改変を経て、内容を一新。コピーやCMといった、広告クリエイティブだけでなく、インタラクティブ領域のコミュニケーション、マーケティングやメディアクリエイティブなど、さまざまな視点からコミュニケーションを構築する能力を養い、次世代のクリエイターを育てます。
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