差別化は価値の結果であって原因ではない
このような本末転倒は、市場の競争しか見ていないマーケターが陥りがちな差別化のワナです。「差別化」とは価値を追求した結果であって、決してその原因ではありません。原因と結果を取り違えることよって、このような間違いが起こるのです。
それを避けるためには単純に本来の目的に戻ることが必要です。それは「顧客にとっての価値」を考えることです。差別化は競争市場しかみていないために、本来その商品やサービスを購入したり使用したりする顧客に基づいていない限り、意味がありません。ベン・ホロウィッツ氏は『HARD THINGS』で「他社に勝てる機能ではなく、良い機能を優先させる」と書き、森川亮氏は『シンプルに考えよう』で「差別化よりもユーザーが求めるものを」と同様のことを指摘しています。
とはいえ、あえて言うならば、この本質にこだわるということは実際には非常に難しいことです。というのは、もともとジャック・トラウトは企業の表面的で視野の狭い「顧客中心主義」を批判するために、ポジショニングという概念を紹介したからです。多くの企業は「すべて顧客のために」と言うだけで何も価値を提供できていない、もしくはそれを伝えることができていない、というのがポジショニングの考え方の根本にあります。
顧客にとって本当に価値があるものを提供するために、競争という視野から自社の価値を捉えなおす、という考えは決して間違ってはいません。「顧客のために」と言うことは簡単ですが、それ自体を突き詰めて考えて実行することはずっと困難だからです。
もっと言うならば、真の顧客中心主義とは、顧客の言うことを必ず聞くことではありません。優れた企業はこのことをよく理解していて、必ず「顧客の声を活かさなければならないが、それを聞き過ぎてはいけない」という矛盾した考えをもっています。
なぜなら顧客は企業と同様に、いま存在するもの、既知のものからしか判断できていないからです。環境が変化するように市場も消費者も必ず時代と共に変化します。その変わっていく状態に常に真摯であることが、真の顧客中心主義です。そして、それを守っている限り、そのブランドや企業はそうでない他社に比べて、「差別化された」価値を持つはずなのです。