【前回のコラム】「経営者トップの陰謀!化けの皮が剥がされたとき企業はどうなる?—『リスクの神様』監修者が語るドラマの見所、危機管理・広報(4)」はこちら
『リスクの神様』第5話では、ついにサンライズ物産自身に危機が訪れる。突然発生したマーレーン駐在所の所長の行方不明、そして誘拐事件の発覚。危機対策室にもこれまでにない緊張感が漂い、失敗すれば人命に関わる最大の危機に直面する。「危機」は、常に情報不足が伴うもの。しかし、まったく手がかりのない状況に追いつめられながら、西行寺(堤真一)と他の対策室メンバーは、強靭な精神力と類いまれな洞察力で、少しずつだが、確実に事件を解明していく。
このコラムでは、毎回の放送後に『リスクの神様』の見どころや危機管理と広報の教訓、キーポイントなどを本ドラマの監修者で危機管理の専門家としての筆者の目線から解説していく。
第5話のあらすじ
西行寺(堤真一)は、脳梗塞を起こして以来、認知症が急速に進行していた父・関口孝雄(田中泯)の主治医に会った。関口が西行寺の言葉に反応したことを知った医師は、今後も辛抱強く話しかけることで何か思い出すかもしれない、と告げる。一方、かおり(戸田恵梨香)は、サンライズ物産のマーレーン駐在所から、所長の袴田明(桜井聖)と連絡が取れないという知らせを受ける。あくる日、サンライズ物産社長・坂手(吉田鋼太郎)宛てに、ひび割れたメガネと袴田の写真が入った国際郵便が届く。写真の裏には日本時間で撮影日時が表示され、制限時間は72時間と書かれていた。袴田の妻・美沙(田中美里)に連絡を取りメガネが袴田のものだと確認した西行寺は、彼が誘拐された可能性が高く、仮に誘拐犯が共産ゲリラだった場合は現地の警察も信用できないとして、危機対策室を中心に非常時態勢で臨むよう指示する。そんな中、誘拐犯からのメールが。犯人の要求は、身代金1000万ドルとマーレーン駐在所の撤退だった。西行寺は、出来る限り要求に応える意思があることを伝え、袴田の無事を確認できる映像を送るよう交渉しろ、と指示するが——。
第5話の教訓—「命の値段」の交渉に震える!
第5話では、一般の生活者やビジネスマンにとっても非日常的な「海外での誘拐事件」をテーマに扱っている。出退勤途上で拉致・拘束される事例が多いため、ほとんどのケースでは最初の段階で「誘拐事件」があったとは気づかない。従って、海外のオフィスや日本本社の海外人事部などでは、その間、無駄な時間を費やし対応が遅れてしまうことも少なくない。
海外における誘拐事件では、人質の命と引き換えに、政治的要求や身代金要求がなされることが一般的だ。政治的要求には、特定のテロリストグループに対する進行中の具体的な攻撃の中止や、既に勾留・逮捕している政治犯の釈放などが求められることが多い。しかし、日本の場合は、テロリストを勾留・逮捕しているケースは極めて稀であるため、要求の多くが身代金要求となる。
サンライズ物産でも、「所長と連絡がとれない」状況から、社長通達に準じて危機対策室へ通報してくる場面がある。ひとまず危機的事態の感度が高い部署に連絡することはこの種の事件では重要である。その理由として、多くの誘拐事件が拉致・拘束・監禁などが発生してから「72時間」が交渉成否の時間帯であり、交渉の最大リミットは「1週間」というのが定石だからだ。
危険な地域・国に派遣されている従業員に対して定期的な電話連絡やGPS携帯電話を持たせて位置情報をモニタリングしている企業も多くある。それだけ、異常事態の早期発見は、命を救う最大限の対策となっている。
また、最近発生しているIS国(イスラム国)の外国人拉致・殺害事件でも確認されているが、誘拐事件の多くで、犯行を行った者が人質の身体の一部を家族や会社に送りつけてきたり、YouTubeで人質が話す動画を公開したりして、人質を拘束している証拠を明確に示そうとする。最初から電話やメールで言葉のキャッチボールを行うことはまずないと考えていい。しかも、彼らは威嚇的行動を示すことで相手に恐怖を与え、交渉を有利に進めようとする。電話やメールでも、一方的に要求を伝え、相手の質問や要求はのまず、突然会話を中断し、多くの対話を望まない。
企業側で重要なのは、本当に従業員が危険な人物・グループに拉致・拘束・監禁されているのか、という事実を確認することだ。米国をはじめとして、外資系企業では、この種の事件が発生し、犯人側からの何らかの接触と同時に送られてくる人質情報の確認作業が最重要課題と確信し、あらかじめ海外出張者や赴任者に対して指紋や筆跡、声紋鑑定可能な声の入ったテープなどを会社へ提出させていることも珍しくなくなった。
第5話でも、人質である袴田所長のものと思われるメガネの一部や写真、電話での会話で本人と確認する場面があるが、実際の事件ではより精密かつ科学的に証拠を保全している。
日本人、中国人、韓国人などのアジア人の誘拐事件に対して、数億円から10億円ほどの身代金要求があることは稀ではなく、むしろ現実的と言っても過言ではない。しかしながら、通常の日本人は、他人の「命の値段」を交渉することなど、想像することもできないだろう。そうした非日常的な危機が現実に最近では残念ながら増えつつある点に警鐘を鳴らしておきたい。