監査役の裏切り! ハゲタカファンドによる乗っ取りの危機にさらされ、経営陣は最後の逆転の一手に何を考えたか?-『リスクの神様』監修者が語るドラマの見所、危機管理・広報(7)

第三者割当増資に関する考察

ドラマでは、ファンドからTOB(株式公開買付)が仕掛けられ、全体で51%の株式取得に対して動き出す場面がある。これに対する危機対策としてホワイトナイトへの第三者割当増資が検討される。

これまで企業は、株式の買占めに対する防衛策として事後的に第三者割当によって新株発行を行ってきたが、ポイントとなるのは以下の点である。

(特に有利な発行価格)
新株の発行による増資は、定款に記載された発行予定株式総数の範囲であれば、取締役会の決議で行うことができる(授権資本制度)(会社法199条1項)。そのため、第三者割当も取締役会の決議で可能となる。もっとも、第三者に特に有利な発行価額で新株を発行するときには、株主総会の特別決議が必要となる(会社法199条Ⅱ項)。

(著しく不公正な方法)
会社が法令、定款に違反しまたは著しく不公正な方法によって新株を発行した場合には、株主は会社に対して新株発行の差止めを請求することを認めている(会社法210条)。そのため、株式の買占めを受けた場合に、会社経営者が、第三者割当を行い、買占者の持株割合を低下させることが、ここにいう「著しく不公正な方法」となるかどうかが問題となる。

以下、実際の事例を参考資料として記しておきたい。


【ライブドアVSニッポン放送】⇒「著しく不公正な方法」と判断された事例

株式会社フジテレビは、平成17年1月17日抗告人・株式会社ニッポン放送(債務者)の経営権の獲得を目的として、株の公開買付を実施した。被抗告人である株式会社ライブドア(債務者)は、公開買付期間中である2月8日東京証券取引所(ToSTNeT-1)により、子会社であるライブドアパートナーズを利用して、ニッポン放送の発行済み株式の30%を取得した。これに対し、ニッポン放送の取締役会は2月23日、同社の新株予約権4,720個を3月24日までにフジテレビに対して割り当てる旨を決議した。本件新株予約権が全て権利行使された場合には、ライブドアの持株比率は42%から17%となり、逆にフジテレビは59%となる。

本件は、債務者であるニッポン放送の株主であるライブドアがニッポン放送に対し、2月24日本件新株予約権の発行が、「著しく不公正な方法」による発行であるとして、仮差止めを求めた事案であるが、その申立の認容と決定要旨は以下のとおりである。

「本件新株予約権発行者債務者(ニッポン放送)の現経営陣と同様、フジサンケイグループに属する経営者の支配権の維持を主たる目的とするものであり、また本件で債権者(ライブドア)の支配により著しく企業価値が損なわれるとはいえず、企業価値毀損の防止手段として発行済み株式総数の1.44倍の新株発行を正当化する特段の事業有りとはいえない。本件新株予約権が行使された場合、債権者であるライブドアの持株比率が42%から17%に減少することからすると、ライブドアが著しい損害を被るおそれがあり、本件新株予約権発行は、「著しく不公正なる方法」に該当する。

【宮入バルブVS大株主】⇒「有利発行による増資」と認定され差止められた事例

  • 2004年4月27日
    松佳(3011、現在は「バナーズ」に社名変更)ら大株主が合計約36%保有比率での大量保有報告書を提出の後、共同で取締役・監査役選任に関する株主提案を宮入バルブ側に対して実施。宮入バルブの株価は2月ごろまで500円以下で安定的に推移していたが、松佳らの買い集めによって、3月には1,100円を突破し、この時点でも900円~1,000円程度まで上昇していた。
  • 2004年5月18日
    宮入バルブ取締役会が第三者割当増資を決議。資金使途は台湾企業買収や中国での合弁事業、機械設備への設備資金の充当とし、発行価格は393円・発行新株は770万株の計画。発行されれば、割当先である台湾の販売代理店が約32%の筆頭株主となる予定だった。増資決議前日の終値は1,010円。
  • 2004年5月21日
    松佳らが、この増資を有利発行に該当するとして、東京地裁に発行差止の仮処分を請求。
  • 2004年6月1日
    東京地裁が、新株発行差止の仮処分決定。東京地裁は、日本証券業協会の自主ルール「第三者割当増資の取扱に関する指針」(第三者割当の発行価額は原則として当該増資に係る取締役会決議の直前日の価額又は当該決議の6カ月前の日以降の任意の日から当該決議の直前日までの間の価額に0.9を乗じた額以上の価額とする。但し、商法に基づき株主総会における特別決議を経て発行される場合はこの限りではない。)について、一応の合理性を認め、当該指針に基づいて本件発行価額を有利発行に該当すると判断した。宮入バルブ側は2004年1月以降の株価は松佳らによる株価操縦・違法買占めの結果であり、公正な発行価額を判断するにあたっては、当該機関の株価を排除すべきと主張したが退けられた。
  • 2004年6月2日
    宮入バルブが、東京地裁に新株発行差止の仮処分決定について「起訴命令申立」を実施。翌3日には東京地裁が松佳ら3株主に起訴命令を発令し、7月2日に松佳らが起訴命令に対する訴状を提出した。以後9月30日には第一回口頭弁論が実施され、本訴の審理が開始したものの、12月には松佳が訴訟取下げを実施して終了。

【タクマVSコスモポリタン】⇒差止め失敗の事例

タクマ社による第三者割当増資に対して、コスモポリタン社が新株発行差止仮処分申請を申請した。コスモポリタン社の主張は以下のとおりである。

(1)「不公正な価額」による発行

本件取締役会決議がなされた直前である昭和62年11月7日時点のタクマ社の株式の終値は一株1,520円であり、本件新株発行価額は時価の44.7%にすぎず、明らかに株主以外の第三者に対する有利な発行価額である。しかしながら、取締役会において商法280条ノ2第1項8号に定める有利に発行する事由についての決議はなされておらず、かつ、商法280条ノ2第2項に定める株主総会の開催もなされていない。

(2)「著しく不公正な方法」による発行

本件新株発行は、資金調達の必要性からなされるものではなく、そのねらいはコスモポリタン側の持株比率の低下にあり、「著しく不公正な方法」による新株発行にあたる。

これに対して大阪地裁(昭和62年11月18日決定)は、次のようにコスモポリタン社の本件仮処分申請を却下した。

有利発行について

(1)特に有利なる発行価額
商法280条ノ2第2項にいわゆる「特に有利なる発行価額」とは公正な価額との比較において論ぜられるが、上場会社が額面普通株式を株主以外の第三者に対していわゆる時価発行をする場合は、発行価額決定時の当該会社の株式価額、右株価の騰落習性、売買出来高の実績、会社の資産状態、収益状態、配当状況、発行済株式数、新たに発行される株式数、株式市況の動向、これから予測される新株の消化可能性等の諸事情を総合し、かつ、発行価額決定直前の株価に近接していることが必要であり、具体的にはこれらの諸事情を前提として決定される価額である(最高裁判昭50・4・8)。

(2)公正な価額
株式が市場において取引されている場合には、原則として市場価額が公正な価額の反映と考えられるが、この価額はしばしば当該株式が投機の対象となるなどにより、必ずしも公正な価値を反映していない場合があり、このような形で形成された株価は、公正な価額を決定する上での基準にたりえない。

(3)買占めによる株価の急騰
タクマ社の株式が昭和62年2月から急騰するようになった事実、その間におけるコスモポリタン側の株の買い増しの事実によれば、タクマ社の株価の急騰の主たる原因はコスモポリタン側による株式買占めにあったものと推認される。従って、買占めを主たる原因として形成された1,520円という株価は本件新株の発行価額を定める上で基準たりえず、これとの比較によっては680円という価額が特に有利な発行価額と断定することはできない。

(4)本件新株発行価額の合理性
タクマ社は、大量買占めの影響を受けない時期における市場価額、株式市況の伸び率、慣行上のディスカウント率により本件発行価額を決定し、さらに、他の市況の伸び率、類似会社あるいは類似業種との比率、平均純資産倍率及び平均株価収益率等に基づいて算出し、これらを目途として本件発行価額を決定しており、これらによって本件発行価額を特に有利な発行価額ということはできない。

不公正発行について

(1)不公正目的の存在
タクマ社は大株主となったコスモポリタン社の相対的地位の低下を図り、本件新株発行を決議したのではないかとの疑いは否定できない。

(2)本件新株発行の合理的理由
しかしながら、疎明資料から疎明される事実によれば、タクマ社には具体的に資金需要が存し、その調達の方法として新株発行によったこと、その発行を第三者割当としたことについてそれなりに合理的な理由があったものと認められる。

(3)結論
従って、コスモポリタン社の持株比率を低下させる意図が多少なりとも存していたとしても、本件新株発行につき合理的理由の存する以上、それが本件新株発行を決定づける理由としては希薄であるといわざるをえず、本件新株発行が著しく不公正な方法によるものということはできない。

次ページ 【特に有利な発行価額による新株発行の実務】へ続く

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白井 邦芳(危機管理コンサルタント/社会情報大学院大学 教授)
白井 邦芳(危機管理コンサルタント/社会情報大学院大学 教授)

ゼウス・コンサルティング代表取締役社長(現職)。1981年、早稲田大学教育学部を卒業後、AIU保険会社に入社。数度の米国研修・滞在を経て、企業不祥事、役員訴訟、異物混入、情報漏えい、テロ等の危機管理コンサルティング、災害対策、事業継続支援に多数関わる。2003年AIGリスクコンサルティング首席コンサルタント、2008年AIGコーポレートソリューションズ常務執行役員。AIGグループのBCPオフィサー及びRapid Response Team(緊急事態対応チーム)の危機管理担当役員を経て現在に至る。これまでに手がけた事例は2700件以上にのぼる。文部科学省 独立行政法人科学技術振興機構 「安全安心」研究開発領域追跡評価委員(社会心理学及びリスクマネジメント分野主査:2011年)。事業構想大学院大学客員教授(2017年-2018年)。日本広報学会会員、一般社団法人GBL研究所会員、日本法科学技術学会会員、経営戦略研究所講師。

白井 邦芳(危機管理コンサルタント/社会情報大学院大学 教授)

ゼウス・コンサルティング代表取締役社長(現職)。1981年、早稲田大学教育学部を卒業後、AIU保険会社に入社。数度の米国研修・滞在を経て、企業不祥事、役員訴訟、異物混入、情報漏えい、テロ等の危機管理コンサルティング、災害対策、事業継続支援に多数関わる。2003年AIGリスクコンサルティング首席コンサルタント、2008年AIGコーポレートソリューションズ常務執行役員。AIGグループのBCPオフィサー及びRapid Response Team(緊急事態対応チーム)の危機管理担当役員を経て現在に至る。これまでに手がけた事例は2700件以上にのぼる。文部科学省 独立行政法人科学技術振興機構 「安全安心」研究開発領域追跡評価委員(社会心理学及びリスクマネジメント分野主査:2011年)。事業構想大学院大学客員教授(2017年-2018年)。日本広報学会会員、一般社団法人GBL研究所会員、日本法科学技術学会会員、経営戦略研究所講師。

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