第4回「宮城県女川町・大分県大分市・鹿児島県さつま町ポスター展」の回はこちら
いよいよ最終回となった5回目。なんとか打ち切りにならずにここまでやってききた。というわけで最後は総まとめ。どうして、商店街ポスター展は成功したのかという分析をしながら、自身がつかんだ広報のテクニックを惜しげもなくここに披露いたします。永久保存版ですよー、これ!
ネットからテレビへ「バズった」流れを総括
イベントは1日で終わる。テレビCMは長くても3カ月、短いと1週間。交通機関のポスターもほとんどが2週間でなくなってしまう。新聞・雑誌は残るには残るが、どこかに積まれて資源ゴミとなる。広告というものは残らないものがほとんどである。
しかし、商店街ポスター展のポスターはずっと残っている。新世界市場のポスターは初掲出からそろそろ3年になるがまだ商店街に掲出されている。文の里商店街も2年になるがまだ残っている。伊丹西台の商店主たちも残すことを決めた。女川でも同じく。ポスターがずっときれいなまま残っているならば、きっと永久にそこに残るであろう。ポスターが残っている限り、ポスターはずっと機能し続ける。
人の目に留まり、足を止めてもらい、スマホで写真を撮り、店と客との話すきっかけになり、人々をそして地域を元気にし続ける。未だにポスターを見に訪れる人間がいるほどである。
さらに新世界市場では初掲出から約1年後のタイミングであるにもかかわらず「おもしろ商店街」として産経新聞大阪版の夕刊1面に掲出されたこともある。さらには「おもしろいポスターのある商店街」として数冊の大阪のガイドブックに掲載されている。
文の里商店街ではポスター展が終了してから5カ月後に文の里商店街を訪れた人がTwitterでポスターの写真を20枚ほどアップすると、それがtogetter(まとめサイト)にまとめられ、さらにまとめサイトを見た他のウェブメディアが8社ほど取り上げ、瞬く間に商店街ポスター展は“バズった”。ネットの動きを知ったマスコミが取材に訪れた。東京のキー局が取材に来たのだ。終了5カ月後にしてキー局に取り上げられる。これぞ、ポスターが残っているから可能であったのだ。
このバズのタイミングで商店街ポスター展を知った人間は非常に多い。イベント開催中であるなしに関係なく残っているからこそ話題が生まれることがあるのだ。皆さんも、たまには残る広告を考えてみてはいかがだろうか。イベントや広告制作に高いお金を費やすのならば、すべてとはいわずその1割でも残るものに費やすのを考えてみてはいかがだろうか。
「おもしろい」が生まれやすくするためのルール
商店街ポスター展のいちばんの力は「おもしろい」である。これがおもしろかったからこそ人々はシェアし、マスコミが取り上げ、世の中に広まって、ぼくはここで連載をするまでになった。ただし、おもしろいは簡単にできるものではない。だから、おもしろいが生まれやすくするためにルールを作った。
- おもしろいものをつくること。おもしろくないものは認めない
- ただし、お店にきちんと向かい合ったおもしろさであるべし
- 自分たちがいいと思う案のみ制作する
- 企画プレゼンはなし。できあがったものをそのまま納品
- 店主が気に入らなかったとしても必ず展示してもらう
- 広告賞に応募することを念頭に置くこと
ぼくはポスターの中身そのものについて入社3年目までの若手を除き、ほとんど口を出していない。考えたのは商店街ポスター展に参加した各クリエイターたちだ。ただ、彼らがおもしろいことを考える/作ることに没頭できるような環境を作ったのである。プレゼンなど先方の意思確認や企画を通すためのプロセスを極力カットした。
通常の作業ではこの「企画を通す」ことに3〜5割のエネルギーを費やしている。それ以上のケースも多々ある。同じ作る人間の美術アーティストはその力の100%を、作品を考える/作ることに費やしている。そんな人間たちの作品に広告が勝てるわけはない。
アーティストの作品と広告は違うという意見もあろう。しかし、一般人にとってYouTubeで見る映像とCMの映像はほとんど差がない。通すことに時間をかけていてよいものができるはずがない。昨今の広告は様々な人間が口を出しすぎだ。家を作る際に素人が大工にあれこれいうと家作りがうまくいかないように、広告作りもうまくいかないのだ。
餅は餅屋に任せよう。彼らによい制作の環境を与えれば予算は低くともいいものができる。逆に予算がたくさんあっても様々な人が意見を述べ、通すこと/意思確認に時間と労力がかかるばかりでは、結果、いいものができないのである。すべての広告の弊害はここにある。今回はすべてを制作者に委ねたからこそ成功したのである。