※本記事は、雑誌「環境会議2015年秋号」からの転載です。特集は「生命、生活、産業の源 2025年の水問題を考える」になります。
サプライチェーンに水リスクをかかえる日本企業
スマートフォンを1つ生産するのに必要な水は910リットル。自動車1台では6万5000リットル。企業のあらゆる製品は水に支えられている。水のないところでは生産活動はできない。生産活動の増加から地球レベルで水不足が進行し、気候変動によって水の偏在も加速している。そうしたなか企業は水使用の見直しを迫られている。
日本国内に限っていえば、工業用水使用量は減少している。その理由は主に3つ。1つは、高度成長期に工業用水使用量が急増したが、その後、産業構造の変化が起き、自動車、ITなど比較的水使用量の少ない産業が伸びたこと。2つ目は、生産拠点がアジア諸国などに移ったこと。3つ目は、水の3Rが進んだこと。工業用水のリサイクル率は1965年に36%だったが、2012年には78%になった。こうしたことから日本企業の経営者は「自社は水課題を克服した」「自社に水リスクはない」と考えることが多い。
しかし、それは錯覚だ。日本企業の多くは、原材料や部品を海外のサプライヤーに依存しているからだ。2012年、環境分野の保証業務を行うKPMGあずさサステナビリティと英国の環境調査会社トゥルーコストが、日経平均採用銘柄225社の国内の生産拠点と海外のサプライヤーの水消費量を分析した。すると国内の生産拠点の使用量は年間約190億トン(225社の平均)だったが、海外のサプライヤーは年間約600億トンだった。製品を製造するときに必要な水の76%を海外に依存しているという結果である。
ファストフードを例に考えてみたい。コーヒー1杯、ハンバーガー1つには、どれくらいの水が使われているか。コーヒー1杯は125ミリリットルだが、原料である豆の栽培には水132リットルが使われる。ハンバーガーはどうか。バンズをつくるには小麦を育てなくてはならないし、牛を育てるにも大量の水を使う。牛が水を飲む以外に、飼料を育てるにも水を使うからだ。こう考えるとハンバーガー1つに2400リットルの水が必要になる。これらはほとんど海外の農場で生産されており、そこで干ばつが起きると原材料が高騰する、あるいは手に入らなくなる。
日本企業の主な輸入先国としては、米国が圧倒的に多く、オーストラリア、中国と続く。これらの国々はいずれも水不足の問題を抱える。たとえば米カリフォルニア州で降水量が激減し、記録的な干ばつ状態になってから4年になる。「1890年代の観測開始以来最悪」と言われ、気象学者によると干ばつの主な原因は、カリフォルニア州に留まり続ける高気圧(ブロッキング高気圧)だという。例年であれば冬場に低気圧が山に雪を降らせるのだが、ここ数年、恵みをもたらす低気圧が高気圧にはじき飛ばされている。降水量の減少は地下水の減少につながる。カリフォルニアの地下水盆は、州最大の水の貯蔵所で、その水量は表流水の10倍あるとされる。しかしながら雨が降らず、使用量も減らないので、地下水の埋蔵量は年々減っている。2015年3月にはNASAの科学者が「カリフォルニアの水はあと1年分しか残っていない」と発言して話題になっている。
カリフォルニア州のジェリー・ブラウン知事は、これまでも自主的な節水を呼びかけてきたが、2015年4月、州全土に水の使用を25%制限する行政令を出した。既に果樹園を経営する農家や牛を放牧する農家の廃業も数多く出ており、ワインや牛肉が高騰し始めている。価格の高騰は米国全土に広がりそうで、ブラウン州知事は、「これから先、気候変動がもたらす影響が米国全体に及ぶことになることを承知しておく必要がある」と語った。
このことはけっして他人事ではない。なぜなら日本の米国全体からの輸入のうち18.6%がカリフォルニア州からだからだ。農産品及び食品加工物の輸入額は年間22.4億ドル(米商務省「TradeStats Express」, 2012)で、主要輸入品目は、米、アーモンド、飼料用干し草、牛肉及び加工品、オレンジ及び加工品、ワイン。こうしたものの価格が上昇したり、輸入できなくなったりするため、企業経営に影響が出るだろう。
しかしながらサプライチェーンでの水使用量を意識している日本企業はまだ少ない。考えていても、原材料や部品の調達を商社にまかせ、サプライチェーン上流の実態が見えないケースもある。