サプライチェーンのなかのホットスポットはどこか
では、欧米の企業はどのように水リスクに対応しているのか。現在、世界のビジネスリーダーが水リスクを意識し、課題解決に向かって動き出した。その1つとして、国連グローバル・コンパクトから派生したCEOレベルの企業間同盟「CEOウォーター・マンデート(CEO Water Mandate)」がある。現在約100社が署名。企業の水資源依存度を示す「ウォーターフットプリント」の高い企業、サプライチェーンにおける水使用が課題となっている企業が中心だ。たとえば、飲料水メーカーのコカ・コーラ、ハイネケン、食品メーカーのネスレ、化学メーカーのダウ・ケミカル、アパレルメーカーのH&M、リーバイス、ナイキなど水と関係の深い企業が多い。
水リスク対策として、はじめに行われるのは、サプライチェーンのどこにリスクを抱えているか(ホットスポット)を把握することである。
米国のアパレル会社リーバイ・ストラウスは、製品のライフサイクルで水使用を見ている。ジーンズのライフサイクルは、綿花生産→生地生産→縫製→輸送・流通→着用→リサイクル→廃棄だが、このうちホットスポットは、綿花生産、製造工程、着用(ユーザーの洗濯)と分析している。
原材料生産にかかる水を減らす
ホットスポットを特定したら対策を打つ。リーバイスの綿花生産のホットスポット対策の例を見てみよう。綿花の多くは、中国、インド、パキスタンやアラル海周辺でつくられている。Tシャツ1枚をつくるには250グラムの綿花をつかい、それをつくるのに2900リットルの水が必要だ。この対策として2009年から「ベター・コットン・イニシアティブ」に参加した。ベター・コットン農法は水使用や農薬使用を減らし、さらに健全な労働環境と収益性の向上を目指す。パキスタンでの実証実験では、水と農薬の使用量が約32%減、収益性は69%向上した。同社は2015年中に全綿花使用量の20%をベター・コットンにするという目標をもっている。
次にスポーツメーカーのプーマ社の例である。同社が自社製品の環境におよぼす影響を、サプライチェーン全体で調査したところ、原材料生産に大量の水を使うことがわかった。サッカースパイクには動物の革を使う。柔軟性のあるカーフ(子牛)素材、耐久性に優れたステア(生後1年以上の牛)素材などがあるが、牛革1キログラムには1万5400リットルの水が必要。もし生産地で水不足が起きれば、サッカースパイクの原料が安定的に供給されなくなる可能性がある。そこで素材変更を考えた。経営トップからプロジェクトチームに与えられた使命は、「天然皮革と同様の性能をもち、水リスクに強い素材を探す」こと。プロジェクトチームは1年かけて、生分解性の新素材を発見。これによってシューズの水の使用量、環境負荷を大きく減らした。
原材料を変えなくても、原材料の調達先の変更、生産拠点の変更でも水リスクは下げられる。水の使用量を考えるとき、絶対量だけに注目するのではなく、地域の水量と相対的に見るのだ。水の豊富なカナダの牛肉と、水の少ないオーストラリアの牛肉。牛肉1キログラムに使われた水の量は同じでも、地域への環境負荷は異なり、後者のほうが水リスクは高い。
イギリスのスーパーマーケット、セインズベリーは、これまでオレンジをスペインから買っていた。だが、スペインは水不足が深刻になると予測され、2000年以降、たびたび熱波や干ばつに襲われ農業が打撃を受け、同時に砂漠化も進んでいた。そこでセインズベリーは、スペインからのオレンジの購入量を減らし、水ストレスがあまり大きくならないと予測されている南アフリカから購入することを決めた。スペインからイギリスへの距離、南アフリカからイギリスへの距離を比較すると断然、後者が長い。輸送距離が長くなれば、輸送コスト、エネルギーコストなどが増える。セインズベリーは、水リスクとコストやエネルギーの問題をあわせて考え、最終的に南アフリカからの購入を決断した。