こういうことが、21世紀現在、組織の中でものを考え創る仕事をしている人に起きたらどうなるか。
たいていの場合、わかりやすく「失敗」とみなされる。最初の世評が覆るまで誰も待ってはくれない。
言うまでもないことだが、冒頭の例はいずれも失敗ではない。どころか、どれも世界遺産だ。セザンヌ、ビートルズ、ストラヴィンスキー、黒澤、アンリ・ルソーだからね。けれど、第1四半期のような短期で見れば、結果的に必ずしも成功とはいえないことになってしまう。例えば、オンエアしたテレビCMが、セザンヌの傑作に対するように「麻薬中毒患者の幻覚のようだ」とつぶやかれたら即刻アウトである。
セザンヌは、ゴッホほど極端ではないにしろ、評価されたのは死後だったし、ビートルズもレコード・セールスこそ圧倒的だったけれど、世界半分が熱狂し、残り半分が憎悪する状態がずっと続いていた。1966年日本公演の時も、「ああいうものが武道館に足を踏み入れることは、日本人として許せない」なんて意見が一定数あったらしい。
僕たちの仕事は、あらゆるクリエーティブ仕事の中の商業部門なので、そのつどそのつど短期的にも結果を出すのが義務である。しかもその義務の中には、3ミリでいいから何らかの「新しさ」を付け加えることも含まれている。
無難に今までと同じであればいい、と自分たちの仕事を規定した場合、ことは単純で、「失敗はしてはいけない」がクライテリアになる。けれど、3ミリでも今までにない要素を加えなければならない仕事の場合、プロセスの中で「失敗」を積み重ねることによる新たな知見の獲得がなければ、ゴールに到達することはできない。
いちいちやってみなければわからない仕事なのだ。そりゃそうだ、誰もやったことないことやろうとするんだから。
「君が今後2週間以内に大きな失敗をしなかったら、私は君を解雇するだろう」
セス・ゴーディンは、若い社員によくこう言うという。彼に限らず、特にシリコンバレーでは、失敗経験のない人はまったく評価されない。能力的には学習が足りないとみなされ、性格的には未知のことにチャレンジするスピリットがないとみなされる。かんたんにはできないこと、大きなこと、誰もやっていないことをゴールに設定してとっとと失敗しろと急かされるらしい。
よくわかる。
最終的に獲得すべきことは、僕たちの仕事と同じだ。
ガダルカナル、ミッドウェイなど、第二次世界大戦における日本軍の作戦失敗の原因を分析した歴史的名著、『失敗の本質』以降、失敗を特にビジネス・プロセスに活かそうとする研究が盛んである。
けれど、それが役に立つのは、クリエーティブ的現場感覚からすると理論や方程式ではなく、実際に失敗してみる以外にない。つまり、失敗して実感的に学習する機会を持つことしか有効ではない。失敗から確実に見込まれる果実は、「こういうのはダメなんだ」とみんなが学習し共有することである。
「それだとダメなんだ」と認識できただけでも大収穫、しかもそれは、机上の知識ではなく、体感的であるが故に確実なクリエーティブ資産になる。
短期的成果をとにかく求めるという状況は、失敗を許さない。肌感的にも失敗できなくなっているとみんな感じているのではないか。そろそろロングタームにわたる種類の仕事に、今までと違う仕事に、僕たちのクリエーティビティを応用させるべきであるにも拘らず。
ワイデン+ケネディのポートランド・オフィスの入り口の壁には、“Fail Harder”と大きく書かれている。これにはボディコピーがあって、その中に、「あなたは人々が失敗することを許さなくてはならない」というフレーズがある。
それを見ると、いい仕事をするために必要なステップとしての「失敗」というものは、アイデアを考える個人ではなく、組織、あるいはチーム、あるいはシステム、あるいはリーダーシップ、あるいはヴィジョンの側の問題ではないかと思い至る。
だって、勇気いるし。
「若いもんは積極的に失敗した方がいい」というような精神的散文的なことではどうもなさそうだ。励ますだけならむしろ有害。それは、キモチの問題ではない。組織全体、チーム全体の作業プロセスの中に、あらかじめ「失敗」をcreative costとして、組み込んでおくべきなのである。ポジティブな理由による失敗は、「次につながるスキルアップ」として「オープンにみんなにシェア」され、「決定的にならないように修復しながら」「ダメじゃないやりかたを明確にしていく」。失敗できるようなチーム・組織でなければ、優れて新しいものなんかできっこない。
山中伸弥教授は、研究室に入りたいという学生との面談で、必ずこう質問するという。
「あなたは、失敗を楽しめますか?」
さすがです。
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